この夏、102位までランキングを上げ、初めて全米の本戦に出場。その後のデ杯WGプレーオフ インド戦では日本代表として杉田祐一と共にダブルスに出場し世界トップのインドペアを相手に大立ち回り。大番狂わせを演じる寸前まで追い詰めた。続く楽天オープンでは日本男子でただ一人、1回戦を突破するなど、プレーする度に結果を出して自信を深め成長していたのが伊藤竜馬だった。
そうした実績もあり、この全日本選手権には第1シードで登場。誰もが認める優勝候補筆頭だった。伊藤は大会初日に「今年の全日本を取るために、チャレンジャーやツアーに出ずに時間を取り、2週間練習を積んだ」と語り、「自分がいいプレーをしていれば、誰にも負けないと思う」と、ほとんど優勝宣言と言ってもいいぐらいのコメントまで飛び出たが、強気な発言は結果が伴わなかった時には逆に自分に跳ね返ってくる。伊藤にとっては背水の陣を自ら敷いたと言っても良かった。
そして伊藤は、準々決勝で鈴木貴男を、準決勝では松井俊英を下した。鈴木は現役では最多となる3度の全日本タイトルを持つ元チャンピオンで、松井はダブルスでは3連覇含め4度全日本を制しているベテラン。共に日本テニス界を代表する強豪と言っていい選手たちだが、伊藤は両者を寄せ付けず、共にストレートで下して堂々の決勝進出を果たした。
決勝の相手は守屋宏紀。プロ3年目の戦術家で、ベビーフェイスなルックスには似合わず、オンコートでは非情な勝負師の顔も見せる業師だ。伊藤はこの守屋を正面から打ち破ろうとした。得意のフォアからはもちろん、バックからでも積極的に攻めて行き、守屋をオーバーパワーすることで早い段階で相手の自信を打ち砕いてしまうつもりだったのかもしれない。
だが、守屋はそんな伊藤の思惑を見透かすように、終始冷静に対処。強く打たれてもそれをなんとか拾って返し、強打の伊藤に対してテンポの早い展開を仕掛けてリズムを崩した(伊藤7-5、6-7(2)、2-6守屋)。
「第1セットを何とか取った後、早く試合を終わらせたいと気持に焦りが出てしまった」。
伊藤はそう言って悔やんだが、圧倒的な優勝候補と思われた選手ほど勝つのが難しい全日本。前年度の優勝者だった杉田が、3回戦で大学生の田川翔太に不覚を取っていたことを思えば、伊藤はきっちりとシードを守って決勝まで辿りついた分だけ強い精神力を見せたと言ってもいい。
決勝での敗退は、実力で負かされたというよりもむしろ、伊藤の心にできたほんのわずかの隙を、勝負師守屋に突かれてしまったと言ったほうが適当だろう。守屋にとっての伊藤は「負けて元々」という気持で戦える存在だったため、最初の1ポイント目から大胆にプレーできたことも大きかったはずだ。
それでも伊藤は大きく気落ちすることなく、同じ日に行われた近藤大生とのダブルスでは優勝。これが初の全日本タイトルとなった。
近藤は昨年、全日本のタイトルに届きそうで届かずにいた岩見 亮が密かに引退を決意していたシーズンを共に過ごし、最後にダブルスのタイトルをプレゼントしたかたちになったいわば優勝請負人。
ダブルスの強さは、今の日本男子のトップと言ってもいい。「近藤さんと組んで優勝できたので、ほっとしてます」。伊藤はそう言って笑顔を見せた。ダブルス決勝はシングルスの決勝敗退の後、女子ダブルス決勝を挟むだけですぐ行われただけに、カギになるのは伊藤のメンタルの切り替えとセットアップだけだったが、伊藤はプロとしてきっちりと戦う準備を整え、コートに立った。この1年の成長の証と言ってもいいだろう。
「来年の大会は、その時のランキング次第で出るか出ないか決めたい」と伊藤は試合後に話している。彼の目はすでに強く世界に向いていた。今年は取り逃したが、確実な手応えもつかんだのだろう。転んでもただでは起きない男。伊藤の来季に期待したい。
内山と言うと、ジュニア時代の強気な言動がいつも思い出される。彼はグランドスラムジュニアに出ている時にはいつも真剣な顔で「絶対に優勝したい」と言っていた。自分がジュニアなのがもどかしい。早くプロになって世界のトップを争う選手として活躍したい。そんな意気込みが表情にも現れていた。シャイな選手が多い日本のジュニアでは珍しく野心的で、それでいてしっかりやるべきことはやっているという雰囲気には頼もしさもあった。
19歳になった今年の全日本にも、当然、優勝するつもりで臨んでいた。「出るからには優勝したい」。
3回戦で昨年ベスト4の仁木拓人を相手に、じっくりと打ち合ったり相手を崩す動きを見せるなど大人のテニスを見せて勝った後の内山はそう語っていた(7-5、6-4)。
また、「全日本も数ある大会の中の一つというつもり。変に自分にプレッシャーをかけたくない」とも言っていたのが少し印象的だった。
今季から内山は念願のプロになり、海外のフューチャーズを中心にツアー大会にフルに参戦し、11月14日付のランキングで477位まで上げていた。絶賛されるほどではないにせよ、19歳の実質デビューイヤーとしては上出来の部類と言ってもいい。しかし、彼の中では1年頑張ってフューチャーズで1度優勝できただけという結果は、とうてい納得のいくものではないのだろうし、プロの厳しさを肌で感じてもいるのだろう。大きな夢を言葉にするよりも、目の前の現実をクリアしていくことの難しさと戦っているようにも見えた。
その内山は準々決勝で、今大会で旋風を巻き起こしていた大学生の田川翔太に敗れた(3-6、4-6)。田川の思い切ったプレーの前に適切な解答を示せず、攻めあぐんでいる間に相手のペースに巻き込まれてしまった形だった。内山は全ての能力が高く、テニスのスケールも大きい。だが、今はまだその出し入れの仕方に戸惑いがあるように見える。強力なサービスとフォア、本人はやや苦手意識があるようだが、バックも決して悪くはない。ネットプレーの多彩さもあり、足も速い。一つ一つのパーツはすでに揃っている。あとはそれをどう使いこなしていくかという段階の一歩手前までは確実に来ている。内山のような選手は、何かのキッカケさえつかめれば突然化ける。目が離せない存在なのは間違いない。
強い選手はいくらでも出てくるが、面白い選手は滅多に出てこない。さらに強くて面白い選手となれば、それはもう何十年に一度という話になるだろう。「ジョコビッチとかヒンギスのテニスが好きで、自分もああいうプレーヤーになりたい」と屈託のない笑顔で話してくれたのが17歳でベスト8入りを果たした澤柳だった。
テニスで強くなりたいという一心で、より良い練習環境を求めて北海道から千葉に移り住み、通信制の高校で学びながらプロを目指している彼女のテニスは、本当に面白い。
とにかくまず球種が豊富だ。フォアではバウンド後に強くキックする高い軌道のトップスピンを主軸として、フラット気味に叩いて角度も付けられる自在性があり、バックにはスピンとフラットだけでなく、スライスを深くコントロールするタッチのセンスも持っている。そして、彼女は恐らく、どうすれば相手からオープンスペースや、チャンスボールを奪えるかを感覚で理解している。強くキックするフォアで相手のバランスを後ろに崩した直後にはドロップショットで前に落とし、例えそれを拾われても、今度は返ってくるコースを読んだ上で動きを作るので相手は返球するスペースが見つからなくなる。
『コートを広く使う』という言葉の意味を、彼女は頭ではなく体が自然と反応するレベルで理解しているから、彼女と対戦する選手たちが皆、大味で不器用な選手にさえ見えてしまう。経験豊富なベテランの飯島久美子が手玉に取られ(6-4、6-7(4)、6-2)、歳は近いが実績上位でパワーヒッターの大前綾希子が、まともにボールを打たせてもらえなかった(6-4、6-1)。今年の全日本で、一番面白いテニスをしていたのは誰かとなれば、それは澤柳だ。
もちろん、まだまだ荒削りな部分も少なくない。特にサービスに関しては球質やスピードは十分なのだが、安定感に欠けている。まずはこれが修正されれば、もっと楽に勝てる試合が増え違う部分に集中できるようになるはずだ。
彼女の163cmというサイズは世界に出れば小柄だが、こればかりはどうしようもないことで、それ受け入れ日本人女子としては平均的な体格でどうやって試合に勝つかを考えれば彼女のようなテニスは間違いなくその答えの一つでもある。そして彼女はすでにそのほとんどを持っていると言ってもいい。テニスフリークならば、彼女の名前は記憶しておいたほうがいい。