現在、フェデラーが使用しているPro Staff Six.One 90は、ボールタッチの感覚を大切にするプレーヤーが愛用してきたラケットの流れを受け継ぐ最新モデルだ。
そもそものスタートは、1984年に発売されたPro Staff Mid。コナーズ、エバート、クーリエ、エドバーグ、サンプラスといった歴代のグランドスラム・チャンピオンでありランキングNo.1経験者でもあった名選手が使用し続けてきた。このラケットの特徴は、フレームがボックス(箱)形状でフェース面積が85平方インチと小さいこと。パワーで比べると現在主流となりつつあるラウンド形状でフェース面の大きいラケットには負けるが、ボックス形状のラケットにはスイートスポットで捕えた時の独特の打球感の良さがある。絶妙なホールド感があるので、繊細にボールをコントロールすることができるのだ。
そうしたボールコントロールの感覚を大切にするフェデラーも、1998年のプロ転向時から4年間は、このPro Staff Mid(当時は、ラケット名がPro Staff 6.0 85に変わっていた)を使用していた。
そして2002年、フェデラーはラケットをHyper Pro Staff 6.1 90(日本未発売)にスイッチ。フェース面が85平方インチから90平方インチになったのは、ラケットにパワーを求めたため。さすがにこの時代になると、ラケットが進化しパワーは必要不可欠な要素となったため、フェデラーもフェース面を大きくすることでそれに対応したのだ。
そして翌2003年には同じく90平方インチのPro Staff Tour 90の使用を開始。ウィンブルドンでグランドスラム初優勝をしたことから、この90平方インチへの移行は完全に成功したと言えるだろう。
その後、n Six.One Tour 90になった2004年から、フェデラーの強さが本物になる。この2004年、2005年、2006年(n Six.One Tour 90)の3年間は1年で全豪オープン、ウィンブルドン、USオープンのグランドスラム3冠を達成したのだ。このn Six.One Tour 90、実は市販品とフェデラーが使っているものには若干、違いがあった。それはフェース中央付近のストリングの目の粗さ。ウエイトやバランス、ストリングパターンなどは同じなのだがPWS(フェース面の中央両サイドにあるパワー・ウエイト・システム)で盛り上がっているところのストリングを通す穴が、市販品は5本なのに対しフェデラー愛用のラケットは4本だったのだ。これはフェデラーが「ウエイトとバランスをいじらずに、もう少しボールが飛ぶようにしてほしい」とウイルソンにリクエストしたため。それに応えるべくウイルソン開発陣が出した答えが、スイートスポット付近の目を粗くしてボールを飛ばすというものだったのだ。このフェデラーモデルは、2006年に2000本限定で発売され、あっいう間に完売している。
そして2007年からフェデラーは[K] Six.One Tour 90を使い始めるのだが、このシリーズから市販品もフェデラーのものと同じくPWSの部分のストリングは4本。同じフェース面なのに以前のn Six.One Tour 90より飛ぶと感じた方も多いと思うが、それはスイートスポット付近の目が粗くなっていたからなのだ。この後、2010年にSix.One Tour BLXにスイッチするのだが、このモデルの最大の特徴は、これまで以上に打球感がよいこと。フェデラーの「もっとインパクト情報を的確に感じられるものを」というリクエストに応えて、ウイルソンがBLXという素材を探し開発したのだ。このラケットは、フェデラーだけでなくドロゴポロフ、ディミトロフも使用。独特のタイミングでプレーするドルゴポロフ、フェデラーとそっくりプレースタイルで次世代のNo.1候補ディミトロフと、天才型のプレーヤーが好む打球感になっているのが分かる。
そして今年2012年からフェデラーが使っているのがPro Staff Six.One 90。このボックス形状のPro Staff Six.Oneシリーズには、これまでなかった95平方インチが加わったため、ドロゴポロフ、ディミトロフとそちらに移行したが、小さいフェース面ならではの独特の打球感と振り抜きのよさを求めるフェデラーは90平方インチののまま。それでウィンブルドンで優勝し17個目のグランドスラムタイトルを手に入れるとともに、ランキングNo.1に返り咲き、No.1在位期間もサンプラスの286週を抜き歴代1位となったのだから、このボックス形状×90平方インチには他のラケットにはない魅力と戦闘力の高さがあるのだ。