昨年のプレーオフでインドを下し、27年ぶりにワールドグループに昇格して1年後、今度は残留をかけてイスラエルと戦うことになった日本デビスカップチームだったが、結果から言えば2-3で敗れ、再びアジア・オセアニアゾーン1からの出直しとなってしまった。
敗因については様々なことが言えるのだろうが、ワールドグループで戦って来た経験の差が現れたというのが客観的な見方としては妥当だろう。USオープン直後の開催で、選手たちに疲労があったというのは、イスラエルも同じ条件と言えば言えるのだが、チームとしての経験のみならず、選手たち個々の経験の差も如実に現れたということなのかもしれない。
イスラエルのナンバー1はドゥディ・セラ。日本としては彼から2勝を奪えば、あとの1つは取れると考えていたのかもしれないが、ナンバー2のアミール・ワインストラウブがその計算を狂わせた。対戦初日、添田豪がセラを下して迎えた2戦目に、日本のエース錦織 圭の姿はなかった。錦織は肩の張りを訴えており、坂井利郎監督が大事を取ったということになっている。大事を取ったというのは、二種類の意味がある。デビスカップの3日間の戦いを踏まえ、最終日に万全の状態で錦織に戦ってもらうための環境を整えることと、「日本の宝」と坂井監督も言葉にした錦織の将来のことを考えての2つだ。錦織はジュニア時代から団体戦には熱い気持ちを持っている選手。ラケットを振れないほど状態が悪いならともかく、少なくともテニスができるという状態でコートに送り出せば、必ず無理をしてでも勝ちにいく。その反動として、故障を悪化させれば、今季の残りどころか選手生命そのものが危険に晒されかねない。彼が訴えた肩の違和感の原因がわからない以上、無理はさせられない。チームとしては難しい判断だが、仕方なかったという面もある。
その錦織の代わりに起用されたのが、伊藤竜馬だった。シングルスでの出場は昨年のウズベキスタン戦以来となるが、今季の成長ぶりや、ワインストラウブと2度の対戦経験を持ち2度とも勝っていた実績が評価されての起用だろう。日本としては当然のことながら、勝つつもりでの伊藤の起用だったと見ていい。しかし、イスラエルがなぜ、ワインストラウブを大事なプレーオフで起用してきたのかについて、日本チームはもう少し深く考えるべきだったのかもしれない。ワインストラウブは昨年のポーランド戦以降、イスラエルのナンバー2として3回デビスカップ代表として起用されている。さらに、昨年のカナダ戦でミロス・ラオニッチを下した試合をはじめ、初日のエース相手の試合では3戦全てで勝利してきている。後にイスラエルの監督であるエヤル・ランは、「彼がトップ100以上の実力を持っていると、皆に見せられた」とその実力を評価して見せたが、実際、214位という現在のランキングは、彼の実力を正しく示していなかったと日本チームも思い知らされることになる。
ワインストラウブは188cmの長身を生かした強烈なサービスと、長いリーチによる広い守備範囲、そして片手バックから思い切りよく放つ強打で自分のテニスを構成する選手で、精度は高くないが、ボールが入ってくれば手が付けられないという攻撃型の選手。この手の選手に対して有効な手段は、その武器を奪い取ること。パワーと精度のある選手なら、彼が得意とするサービスを叩きバックハンドを潰していく方法もあるが、正攻法としては守備の意識を高くして相手に難しいボールを打たせてミスを誘う形が考えられる。だが、現時点での伊藤もまた精度は高くないが、思い切りのいい攻撃が持ち味の選手。相手が自分より強い時にはいいが、受けて立つ形になると脆さが出やすい。結果として、伊藤はワインストラウブの攻勢と正面から対決して、敗れてしまった。初日に1勝1敗。2日目のダブルスはイスラエルのチーム力のほうが圧倒的に上で、元々勝利を計算しにくい対戦だったが、伊藤と杉田祐一は序盤こそ互角に渡り合う場面を作ったが、徐々に地力の差を見せつけられる形で最後は完全に相手に封じ込められてしまった。
そして、最終日を迎える。日本は朝の時点で錦織の起用を発表した。坂井監督は2日目が終わった時点では「100%に近い状態でなければ、決断できない。躊躇なく錦織で行けるという状態になってほしい」と言いながら、「ぜひ出て欲しいという要望はしたい」と矛盾する言葉を2日目のダブルスの後に話していた。無理はさせたくないという気持ちと、勝利のためには錦織の力が欲しいという葛藤ゆえのことだったのだろうが、最終的には勝ちたいという気持ちが勝ったということだったのだろう。そして錦織はチームのそういう思いを背にコートに立った。4戦目に登場した錦織は、試合の序盤こそ彼らしさを見せてセラを押しまくり、第1セットは余裕残しで取ったようにも見えた。だが異様に蒸し暑い気候と、負けるわけにはいかないというプレッシャー、元々優れなかった体調など、無理を重ねた反動が第2、第3セットで出てしまった。「試合の中盤は勝てる気がしなかった」。試合後の錦織は正直にそう話していたが、第2セットの途中から突然スローダウンした錦織の左足にはすでに痙攣が出ており、持ち前の鋭い攻守の切り替えがまるで発揮できなくっていた。相手のセラも錦織の異常に気づき、一気に畳み掛けて来た。それが、第2、第3セットで起きたセラの逆襲だった。
「1ポイント1ポイントに集中していた」と錦織は試合後に話していたのだが、錦織がトップ20を維持できている理由は、この後の試合のまとめかたに現れていると言っていいだろう。錦織は自分が動けなくなった分、コースを変えて相手を動かすことで対処して時間を稼ぎ、自分の回復を待ちながら相手の足を削った。セラは試合後に「第4セットで試合を決められなかったのが敗因だった」と悔やんだが、第3セット以降は錦織に走らされる形を増やされていた彼の足も、この時点ですでに限界に達しており「錦織には自分にも痙攣が来ていると悟られるわけにはいかなかった」と苦しい状態での戦いだったと明かした。ここまで無理を重ねてポイントを取りにきていたセラに対し、錦織はセットを落としつつも相手の体力を奪う戦い方を見せていた。一見するとセラに攻められているようでいて、実際には接戦に持ち込んでいくことで、より相手に無理をさせる。
錦織は攻撃だけの選手ではない。自分より強い相手との戦いの中で、相手の猛攻をしのぎながら受け流し、反撃の時を待つテニスも今や彼の形と言っていい。錦織は第4セットを何とか取り、最終セットに入ってからは再びテニスのレベルを上げて反撃に出たが、この時のセラにはもう錦織を攻め落とすだけの力が残っていなかった。自分の状態と相手のレベルを感じながら、錦織が試合を勝利で終わらせられたのは、今まで積み重ねて来た経験のたまものだろう。
こうしたシビアな経験がまだ不十分な状態の伊藤には、試合をどうデザインしていくかの感覚がまだ育っていない。勝利よりも、敗戦からのほうが多くを学ぶとよく言うが、伊藤にとっては錦織やセラ、あるいはワインストラウブの戦い方もまた、彼に多くの教訓をもたらしたのではなかろうか。錦織からは相手の猛攻をしのぎながら、試合を勝利でまとめあげる方法論。セラからは攻撃のかわしかたと攻守のスイッチ。ワインストラウブには持ち前の攻撃力を最大限に発揮するための気持ちのセッティング。荒削りのままで今の地位を勝ち取ったのが伊藤だ。今回のイスラエル戦での借りを、いつか派手に返す日を実現するためにも、今後の彼の活躍を祈りたい。