| HOME > PLAYERS :: 楽天ジャパンオープンレビュー(その1)
日本語で言うと大げさになりすぎてしまうが、錦織 圭の日本での存在感を、英語圏風に表現するのであれば、すでに「Great」という冠付きでその名を紹介すべきだろうし、また、「Legend」と呼ばれるに相応しいだけの選手の域に近づいていると言ってもいい。
戦前の日本男子の残した伝説的な活躍を除けば、錦織より上の選手はもう日本にはおらず、今やいちいち過去の記録を調べなくても、彼の残す記録がそのまま日本人男子の最高成績となり続ける状態に入っている。
しかも、あくまでもまだ通過点。
今の日本のテニスファンは、まさに目の前で歴史が作られていくのを目撃し続けられる幸運に恵まれているのだ。
「シード選手として優勝を目指して頑張ります」。
大会前日のATPサンデーに登場した錦織は、オンコートインタビューでそう言い切った。今から思えば、この言葉に多少なりとも違和感を感じなかったのが不思議だが、あの時は錦織のリップサービスなのだろうと見過ごしていた。だが、錦織は自分でまだ可能性がないと思うことに関しては、公に発言するようなことをしない性格。「優勝」とはっきり言葉にしたのは、その可能性を自分の中である程度以上、確信できていたからに違いない。記者会見で「大会前に自分が決勝を戦うと思っていたか?」と聞かれた時には「全然考えてませんでした」と笑って答えていたが、これがもし、「優勝を狙える実力はついたと思うか?」という質問であったとすれば、どんな答えが返って来たのだろうか。
先のUSオープンでチリッチの跳ね上がるサービスに対して「もっと前に入っていかないといけなかったのに、足が動かなかった」と落ち込んでいたのが錦織。
あの後の彼は恐らく、自分のリターンについて考え抜いたのだろう。それが、今回の準々決勝でのベルディッチ戦での勝利につながり、決勝のラオニッチ攻略の鍵となったに違いない。
リターンを深く返して状況を最低限イーブンに持ち込む。隙があればそのままエースを狙う。
錦織が楽天オープンで見せたリターンは、そういう種類の攻撃的なものだった。
相手のサービスの速度が速くても、ただ合わせるだけでなく、きっちりと振り切って<自分のボール>として叩き返す。これは二重三重の意味があるリターンになる。
一つには自分から打っていてくことで、リターンに自分の意志を乗せられる。合わせるだけのリターンでは、相手のシナリオでラリーをスタートさせることになるが、自分で打ち返すリターンなら、相手がそれに対応してからのラリー。同じように見えて全く違うスタートとなる。ベルディッチは、試合後これを「アガシのようなテニス」と評した。
もう一つは、相手から自信を奪うという意味だ。強打者は自分が自信を持って打ち込んだボールを相手に触られるだけでも嫌がるものだが、錦織はそれを叩き返した。自分のショットが通用していないとなれば、相手はもっと強く、もっと厳しい所を、という気持ちにさせられる。錦織自身もリスクを取ってのショットとなるが、相手にもリスクを押し付けられる。
お互いにリスクを見極め合うチキンレースに持ち込めば、錦織の持ち前の技術が生かせるようになる。いや、その舞台に上げられたというだけですでに、試合は錦織に主導権があると言ってもいい。
錦織はこれを「ダブルスで感覚をつかんだ」と話していた。ダブルスのリターンは相手の前衛のポーチに捕まらないようにするために、しっかりと振り切ってコントロールするか、ネットダッシュしてくるサーバーの足下に正確に沈めなければならない。ある意味で、シングルスよりもシビアなコントロールが求められる。
錦織がそれを意識してのことだったのか、単にシーズンの変わり目で、多めに試合をしたかったからなのかは分からないが、ダブルスに出場したことが結果的には吉と出た。錦織のリターンは他の選手たちとは明らかに違うレベルで相手コートに突き刺さるようになっていて、準決勝のバグダティスは手も足も出ない状況に追い込まれ、ラオニッチは「僕のサービスが最初から読まれていた」と振り返った。この勝利は、錦織がこの夏に体験した様々な悔しさを、あらゆる手段をこうじて克服し、それらを全て噛み合わせて出した、いわば約束されていた結果と言うべきだろう。
楽天ジャパンオープンが、公式ツアーとなって40年。日本男子が残した最高成績はベスト8だったが、錦織はベルディッチを下してあっさりとその壁を超え、さらに2つ勝って優勝した。試合直後は「信じられないほどうれしいです」と喜びを爆発させていたが、少し時間を置いた優勝会見時には、その目はすでに次のステージへと向いていた。大きな勝利の後は、二日酔い状態に陥りやすいものだが、彼にそんな心配はいらなそうだ。
錦織がどこまで行けるのか。今はただ、それが楽しみでならない。