錦織 圭が見せた「本物の強豪」としてのテニス

2013.03 :: 錦織 圭が見せた「本物の強豪」としてのテニス

錦織 圭が見せた「本物の強豪」としてのテニス

昨年秋の楽天ジャパンオープンでラオニッチを下して優勝してからわずか4ヵ月弱。今季の開幕戦だったATP250ブリスベンではロブレドやドルゴポロフを破ってベスト4、続く全豪オープンでは4回戦、そして迎えた3戦目のATP500メンフィスで錦織がツアー3勝目を挙げた。
錦織圭2月のツアーは南米のクレーと北米のハードコート、ヨーロッパのインドアシリーズに分かれるため、参加選手がバラけやすく、特に中位~下位の選手たちにとってはポイント稼ぎのための大切な時期。3月のATP1000インディアンウェルズとマイアミ、そしてすぐ後に控える長いヨーロッパ・シリーズに向けて、少しでも優位な位置を確保するため一つでも多くの勝利が必要になる。

特に錦織のいる15~20位前後のポジションは、順位が一つ違うだけ大きな違いが出る。グランドスラムでトップ16シードの地位を手に入れるか、それ以下になるかで3〜4回戦で当たる選手の顔ぶれが大きく変わるからだ。上位勢が接近戦となっている今、その違いは極めて大きな意味を持つ。錦織が目指す今季中のトップ10入りのためにも、勝てる時には勝っておかなければならないというのが今の状況だ。

錦織圭 今回、錦織が優勝したメンフィスは、長い伝統を持つインドアのハードコートの大会。「USナショナルインドア選手権」と銘打たれている通り、かつてはアメリカのインドア大会の頂点に位置した歴史を持ち、過去のチャンピオンたちも名うてのハードコート・プレーヤーの名がずらりと並ぶ。

今年の錦織に限って言うと、準々決勝で当たったマリン・チリッチを除けば、自分より下位の選手たちとの対戦が続き、ドロー運にやや恵まれた勝ち上がりだったのは否定できない。だが、この時期の北米インドアで滅法強い第2シードのラオニッチや第3シードのジョン・イズナーが共に初戦で敗退するなど、荒れ模様となった大会の中で、きっちりと実力を出し切るのは言葉で言うほど楽なことではない。

錦織圭そうした荒れた大会では、どうしてもその雰囲気に飲まれやすくなる。番狂わせを目の当たりにした下位の選手たちのやる気はいつも以上に上がり、少しぐらいのリードでは試合を諦めてくれなくなるし、上位選手もいつも以上にプレッシャーが大きくなって自分らしいプレーを出せなくなる。ある種の秩序が失われ、オープンな状態になるのがこの手の大会に付き物の空気だが、錦織はその実力で相手をねじ伏せた。
準々決勝のチリッチ戦がやはり一つのハイライトだったと言っていいだろう。USオープンの3回戦で敗れた相手に、錦織はきちんと解答を用意してコートに立っていた。スコアで言えば6-4、6-2のストレートでの勝利で、危なげない勝ち方にも見えるのだが、この短い試合でチリッチが錦織から奪ったサービスエースは12本。ファーストサーブの確率は54%と低かったが、チリッチのサービスの状態が特別悪かったというわけでは決してない。

この試合における錦織は、自分のサービスゲームではファーストサーブ、セカンドサーブ共に7割近いポイント率を維持してサービスゲームでの支配力を示しながら、リターンゲームに集中できる状況を作り出していた。ただでさえリターンが強い錦織が、その能力を集中して挑んで来る。チリッチのエースが多いのは、裏返せばエースを狙うしかポイントが取れなかったから。肉を切らせて骨を断つ的な戦い方を、錦織が見せたと解釈してもいいだろう。リターンの強さで知られたアンドレ・アガシは、意外に被サービスエースの多い選手でもあった。これは彼が攻めて行けるサービスと見送るサービスの見切りがハッキリとしていたからでもあるのだが、この試合の錦織もそれに近い心境で試合をマネージメントしたと言ってもいいのかもしれない。

また、長く「錦織の課題」と言われてきたサービスが、少なくとも相手に攻められたり、狙われたりしないレベルの高さを見せつつあるのも勝因としては大きい。サービスゲームが安定して計算できるようになれば、リターンゲームでの余裕が変わる。トップ選手としては当たり前の勝利の方程式を錦織もまた持ち始めていると言ってもいい。

錦織圭そして決勝のフェリシアーノ・ロペス戦は、ほぼ錦織の一方的な試合だった。「試合の途中で『ああ、これは勝てないな』と思い始めたよ」とロペスは試合後に言葉にしていたのだが、左からの強烈なサービスと巧みなサーブ&ボレーを武器とするロペスのほうが、サーフェスの適性上では錦織より上だったはずだが、錦織のリターンとパッシングはロペスに自由なプレーを許さなかった。また、この決勝で何よりも目立っていたのは、錦織が全く無理をせずにポイントを積み重ねていたことだ。

攻められないボールに対してはていねいにコントロールしてチャンスメイクをし、攻められるボールに対してだけ打っていく。当たり前のプレーを当たり前にこなすことで確実に勝利に結びつけた、格の違いを見せつけたような試合ぶりと言ってもいい。自分は確率の高いプレーを維持しながら、ロペスにだけ無理を強いていく。錦織の守備力の高さと、展開力の強さが、本当の意味で世界のトップに近づきつつあるのを示した試合だった。

この戦い方は全てのコートで通用する。今で言えば、ジョコビッチやマレーが最も得意とする形がこの種の組み立てなのだ。錦織の体調にさえ問題が出なければ、今後のヨーロピアン・クレーでも今までにない結果を出してくれそうな予感さえ漂う。ただの1勝ではなく、今季の錦織がますます楽しみになる強い勝ち方で取った優勝だった。