「チームのスコアのことは考えず、自分の試合に集中した」。
1勝2敗で迎えたデ杯対コロンビア戦3日目。エース対決で勝ったとしても、チームの勝利は決められないが、逆に自分が負けてしまえばチームも負けてしまうという状況での錦織のこの判断は、これ以上ないという正しさだった。
だが、普通はなかなかそう割り切れるものでもないだろう。初日の第1試合で自身は快勝したが、第2試合の添田 豪はフルセットの末に敗退。2日目のダブルス、伊藤竜馬/杉田祐一は相手のペアに実力差を見せつけられての完敗。「最悪の流れでしたね」と言う錦織は、「だからチームを奮い立たせる意味でも、自分の試合が大事だと思っていた」と話している。団体戦におけるエースの役目を、錦織は自然と理解しているのだろう。振り返れば、2005年のジュニア・デ杯で日本チームは5位を記録しているのだが、当時の錦織は腰に不安を抱えながらも単複にフル回転した。この頃から既に“団体戦に熱く”、“そして強い”、というイメージが錦織にはある。
錦織のファンの中には、「彼がデ杯で頑張りすぎてケガを負い、その後の活動に支障をきたさないか」と心配する声も小さくないようだが、これは2009年3月の中国戦と、ヒジの故障によるその後の長期離脱のイメージが強いからではなかろうか。だが、錦織自身は「デ杯では強制的に引き上げられる」と精神面での高揚感を表現する。また、「日本の魂を心に刻んで頑張る」という言葉を、オンコートで観客席に向かってはっきりと口にしたのも、このコロンビア戦でのことだった。
今の日本チームにおいて、錦織が期待されているのは勝利。彼が勝つことはチームの戦術の要であり、これを外して日本の勝利は考えられない。また、彼がチームのエースだというのは自他ともに誰もが認めるところであり、アジア/オセアニアゾーン予選の2試合に出られなかったのは、彼の都合だけでなくチームの長期戦略上の要請もあったはずだが、錦織は「前の2試合に出られなかった」という言い方をしているのが興味深い。シングルス2試合に勝ったあと、「チーム戦はプレッシャーがあり、強い気持ちが必要になる。そのため『絶対勝つ』という気持ちになれる。このデ杯で精神的にも立て直せるといいと思う」と語った錦織。USオープンの頃に口にしていた精神面での迷いを、このデ杯で吹っ切れたようだ。
試合は、初日のアレハンドロ・ファージャ戦、最終日のサンティアゴ・ヒラルド戦ともに、相手との実力の差を見せつける完璧な試合ぶりだった。ファージャ戦の序盤こそ、レフティ特有のサービスの軌道にリターンを詰まらされる場面もあったが、逆に言えば指摘できるマイナスはそれだけ。そして、試合の後半に向けてそれもしっかりとアジャストして相手に隙を与えなかった。
錦織は、相手を左右に大きく振り回して、こじ開けたスペースにフォアを突き刺す。トドメのフォアは一度しっかりとタメを作り、相手の動きを見ながら絶対に返せない角度とスピードのボールを冷静に打ち込む。逆に相手のウイナー級のボールに対しては、素早く反応して打ち返して窮地をしのぎ、最終的にポイントを奪ってしまう。単に試合の勝敗だけでなく、錦織が完璧なポイントを積み重ねることで、コロンビアチームに絶望感を与えることになったはずだ。事実、「12位の錦織から勝つことは非現実的」というコメントがコロンビアの監督、選手の両方から繰り返し出て来た。錦織の存在が、相手に与えたプレッシャーは大きく、それがこのプレーオフを勝利に導いたと言ってもいいだろう。
伊藤と杉田の2日目のダブルスは、結果から言えば惨敗と言ってよかった。コロンビアのダブルスのファンセバスティアン・カバルとロベルト・ファラは今季ずっとダブルスを組んで参戦しているスペシャリストと言えるペアで、全豪オープンではベスト8をマーク。コロンビアとしては初のデ杯ワールドグループ入りに向けて、計画的に強化してきたペアでもある。
対する伊藤と杉田のダブルスは、デ杯ではしばしば組んでいるものの、スペシャリストを相手に戦えるほどの熟成は進んでいない。変則的なフォーメーションを多用することで相手を撹乱しようという狙いは悪くなかったが、結果的に相手にはほとんど通用せず、常に2対1の局面を強いられ続け突破口を見出せないまま敗れてしまった。
だが、そんな中でも何とか持ちこたえようとしていたのが伊藤だった。「デ杯チームのムードメーカー」と言われるのが伊藤。テニスが大好きだという雰囲気を常に発散している伊藤の存在は、どちらかと言えば職人肌の選手が多い今のデ杯メンバーにとって、チームの心をつなぐ役割を果たしている。あまりにも一方的な展開に途切れ始めていた杉田の集中力を、伊藤が必死で支えようしていたのが伝わって来た試合ぶりは、収穫の乏しかったこの試合で唯一の成果と言っても良かった。
伊藤も杉田も、この敗戦では悔しさしか残らないだろうが、このまま終わらせる気もないだろう。試合後の二人からはさすがに反省の言葉しか出て来なかったのだが、消え入るような声で無表情、そして自分たちのことを話すので精一杯だった杉田に対して、伊藤はそれでも前をしっかりと向いて今後について話した。負けた後の錦織や添田も、この時の杉田のように絶望感を顔と言葉に滲ませることが多いのだが、伊藤はいつも前を向いて、次の機会には必ず何が自分にできるかを言葉にする。こういう彼の姿勢がチームに与えるプラスは計り知れないほど大きいはず。今後の伊藤の成長に期待したい。