<デ杯ワールドグループ1回戦>「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」内山靖崇と錦織 圭が見せた強さ<日本が初のベスト8へ>

デ杯ワールドグループ1回戦

<デ杯ワールドグループ1回戦>「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」内山靖崇と錦織 圭が見せた強さ<日本が初のベスト8へ>

デ杯ワールドグループ1回戦、日本対カナダでは、日本が歴史的と言える勝利を挙げてベスト8進出を果たしたが、その大きな勝因となったのが2日目のダブルスでの勝利だ。「内山の力を一番引き出せるのは誰か、という視点で選びました」と試合後に植田 実監督は話していたのだが、このコメントが興味深いのは、錦織ありきではなく、あくまでも内山を中心にペアリングを考えていたと解釈できること。

ネスター、ダンセビッチ確かに、内山はデ杯前週のチャレンジャー大会で優勝して本番を迎えており、勢いはあった。しかし、当初予定されていた相手のネスターとポスピシル(試合直前にメンバー変更があり、ポスピシルからダンセビッチに変更となった)は、昨年カナダがデ杯ベスト4に進出した際のレギュラー・ペア。特にネスターは、4つのグランドスラムタイトルに加えて五輪の金メダル、ツアー最終戦のダブルスとツアー通算80タイトル以上を獲得してきたダブルス界のレジェンドの一人。すでに41歳と若くはないが、現在のテニス界でダブルス最強の選手の一人と言ってよく、内山の調子が良いといっても、格ではまるで歯が立たない相手と見るのが普通だ。



錦織圭、内山靖崇しかし、内山&錦織の日本ペアが勝った。それも、日本ペアが何か特別なプレーをしたのではなく、正面からダブルスの戦いを挑んできっちりと勝ち切ったのだ。「自分がミスをしても(錦織が)何とかしてくれる。頼もしい気持ちを持って、思い切りプレーできた」と試合後に内山が言葉にしていたが、この日の内山にはほとんどミスらしいミスはなく、終始安定したプレーを見せていた。ダブルスでは多少遠いボールでも、自分が取りに行くと決めたボールに対しては躊躇せずに出て行くことが鉄則だが、この日の内山の動きに迷いは見られず、そのスピードだけが目立っていた。錦織に対する絶対的な信頼が、内山の動きを自由にしたのだろう。



錦織圭一方の錦織は、ショットの質で完全に相手を凌駕して見せた。ネスターのサービスやリターンからの展開ではさすがに相手のうまさが光る場面も多かったが、それも試合の序盤だけだった。第1セットを日本が取ってリードした後、第2セットでは先にリードされながらも、日本から4-5で迎えたネスターのサービスゲームをブレークして追いついた頃には、ネスターのうまさよりも錦織のプレーの鋭さや内山の自由な動きが目立つようになり始めており、カナダをいつでもブレークできるという雰囲気になりつつあった。


ダブルス巧者のネスターと言えど、個人技の勝負に持ち込まれてしまうと、錦織の相手ではない。錦織のリターンは鋭くカナダペアのサーバーの足下を抉り、時には相手の動きの裏を突いてストレートに放って撹乱した。“コースを変える”というのはプロのレベルでも最も難しい技術だと言われるが、全豪で対戦したナダルが、「ケイはテニスで一番難しいことを、簡単にやってのける」と苦戦の理由を話していた錦織の能力が突破口となり、浮いて来たボールを内山がネットで仕留めるという形が何度も見られた。




錦織圭、内山靖崇 また、錦織のプレーに引きずられるように、内山の動きも鋭さを増し、また、大胆なプレーも次々と飛び出した。内山のダブルスは、鍛え上げたフィジカルをベースにしたスピード型のプレーに前後の動きを加えた正統派で、目立った欠点がないという意味で元々完成度は高く、課題だったのは経験とメンタルだけだった。錦織は「彼にいいところを引き出されて、それにつられて自分のいいところも出せた」と話していたのだが、自分が相手を崩せば内山が決めてくれるという安心感は、錦織のショットセレクションにも自由度と大胆さを与えたに違いない。


面白いのは錦織が「相手は強いが、勝ちにいくというのを頭に入れてしっかりやっていった」と話したのに対して、内山は「今までは勝ちたいという気持ちが先行しすぎていたが、今日は自分のプレーを出し切ることを意識した」と話していたことだ。錦織のトップクラスでの戦いの経験と技術が、植田監督の狙い通り内山の潜在能力を引き出した。この勝利に価値があるのは、日本が王手をかけた一戦だったという以上に、日本の課題だったダブルスの戦い方にある種の目処が立ったということにある。



今回のデ杯を振り返ってみると、シングルスで2勝し、ダブルスでも1勝を挙げ、文字通り日本勝利の立役者となったのはエースの錦織。オフの間から取り組んで来たというフォアハンドの攻撃力のアップは、誰にでもそれと分かるレベルで実現されていた。故障もあって、ほんの数ヵ月前の楽天オープンの頃にはやや迫力を失っていたフォアだったが、スイング自体はコンパクトだが体を大きく使ったフルスイングから放つボールはコート深くに突き刺さり、跳ね上がって相手に襲いかかっていた。また、相手のボールが短くなれば瞬時にポジションを上げて左右に叩き、どんどんプレッシャーをかけていた。



錦織圭 そして錦織の凄みは、これをフォアサイドからだけでなく、バックサイドからも自在にできることで、現時点で錦織よりもはっきりと上のレベルのバックハンドを持つ選手は、マレーやジョコビッチなどほんのわずかと言っても言い過ぎではないのではなかろうか。勝敗を決定付けた第4試合のダンセビッチ戦では、相手が腹筋を傷めて途中棄権という幕切れだったが、試合後のダンセビッチは「自分が110%の実力を出して何とか勝負になるレベル。20%しか出せないなら、勝ち目はない」と大事な試合を諦めた理由を口にした。仮に、ダンシェビッチが最後までプレーできる状態だったとしても、錦織の勝利は揺るがなかっただろうというほどの差があった。

「今まではワールドグループに入るのが目標で、それも高い目標だった」と錦織は言いつつ、「ここに来るまでにトップ10の選手にも勝って来たし、自信はあった。僕自身もチームも強くなりたい」と続けている。さらに、「他のチームを見ていても、日本は絶対に上に行けると思ってやってきた」と錦織は言う。



これまで、日本テニスの常識や限界と呼ばれたものを次々と自分の名前で塗り替えて来たのが錦織。「自分より若い選手が出てこないと、上の可能性も出てこない」と錦織は内山の成長を喜んでいたのだが、彼が目指しているのは「世界8強」よりももっと上ということなのだろう。次は4強、そして優勝を争うこと。エースがそう信じている以上、他の選手たちもそれについていかなければならないという気持ちにさせられるはずだ。添田、内山はもちろん、今回は出番がなかった杉田祐一、伊藤竜馬や守屋宏紀などまで含め、誰もがデ杯に出たいという思いを持っているのが今の日本男子。彼らの次の対戦相手は、デ杯2連覇中のチェコ。4月の有明で彼らがどんな戦いぶりを見せてくれるのか。今から楽しみでならない。

錦織圭と内山靖崇の呼吸
錦織圭(24歳)と内山靖崇(21歳)の年の差は2つ。錦織圭は全日本選抜ジュニア、全国小学生選手権、全日本ジュニア選手権で優勝し、2003年からアメリカのIMGアカデミーに留学。内山靖崇も同じく三冠を達成し、錦織の後を追うように2005年に同アカデミーに留学している。彼らは約4年間アメリカ・フロリダの「テニスしかない生活」を共に過ごしていたのだ。その頃から内山にとっては錦織は「憧れの選手」だったと言うが、非常に仲もよく、休日もゲームなどをして共に過ごしていたと言う。きっと二人には二人にしか分からない呼吸もあるのだろう。それが今回のダブルスの勝利に結びつたのかもしれない。二人のダブルスを観戦するときは、そんな呼吸の合ったところに注目して欲しい。