"国別対抗戦"と呼ばれるデ杯には、普段、個人で回っているツアー大会とはまた別の重みがある。だからこそ、デ杯の記者会見では「国を代表して戦う以上、自分のすべてを捧げないといけない」とコメントする選手が多い。特に、ワールドグループともなると、さらにその意識は高くなる。この1~2年の日本男子チームは、そうした国々の選手たちと戦ってきた。一昨年のプレーオフでイスラエルに敗れた時、イスラエルのダブルス、アンディ・ラムは試合中に足首の故障を起こし、「通常のツアーであれば試合を棄権していた」と言いながら最後まで戦い切ってイスラエルに貴重な一勝をもたらした。また、昨年のプレーオフで戦ったコロンビアのアレハンドロ・ファジャは、故障でツアーを離れていたが、日本とのプレーオフに照準を合わせて調整を続けて東京に乗り込んできた。さらに、先の1回戦のカナダ戦でもフランク・ダンセビッチがフル回転で戦った末に、その後、数ヵ月以上に渡ってツアーを離れざるを得ないほどの故障を負った。彼は「代表選手として、全力を出すと誓った。通常のツアーであればコートに立っていなかったかもしれないが、自分にできることはすべてやり、最後まで全力で戦ったことには誇りを持っている」と試合後に話していた。
トップ選手たちが20代の後半に入り始め、少なくない故障を抱えながらのプレーをする時期になるとデ杯代表を辞退するケースが目立つのは、何も彼らがデ杯を軽視しているからではない。『メンバーとして全力を尽くせない』と感じたからこその辞退、というのが本当の理由と見たほうがいい。今回単複で2勝を挙げたラデク・ステパネックは、「デ杯のトロフィーは、グランドスラムのそれの何個分にも相当する重みがあり、他には代え難いものだと私は思っている。それに、国の皆やテニスファンたちと喜びを分かち合えるのがデ杯だ」と言葉にしていた。
その意味で、今回のチェコ戦における伊藤竜馬の3連投(結果的には2連投)は、心に響くものがあった。伊藤はメキシコのチャレンジャー大会から帰国後に体調が悪化。チェコ戦の時点では原因が分からないままだったが、初日のシングルスを戦っていた時には「腹痛と下痢でお腹がパンパンの状態だった」と話していた。チェコとの準々決勝を前にした日本は、エースの錦織 圭が足の付け根の故障で離脱。さらにナンバー2の添田 豪も、伊藤とは原因も症状も違う体調不良を訴えており、メンバー入りはしていたものの出場はほぼ不可能という状態だった。「今のメンバーの中で、戦える人間が出ることになった」と伊藤は話していたが、彼とて"戦える状態"と言えるかどうかは微妙だったのだ。
4人のメンバーで単複5試合を3日でこなすのがデ杯。一人強い選手がいればそのチームはかなり有利であり、『2人いれば優勝を狙える』と言われる。かつてアメリカは、ピート・サンプラス、アンドレ・アガシ、ジム・クーリエとジョン・マッケンローという、全員がランキングNo.1経験者でグランドスラム優勝経験者という"ドリームチーム"を結成したことがあったが、そうしたチームはデ杯史上でも希なケースで、通常はトップ10のエースに、トップ50のNo.2。これにダブルスで強い選手が一人いて、トップ100以内の控えがいればワールドグループでも十分に計算が立つ。だが、エースが一人欠ければ大幅な戦力ダウンは避けられない。まして、上位2人が欠ければ、スペインのように層が厚いと言われる国でも対戦国によっては1回戦負けもありうるのがデ杯。エースが欠場すると、2勝の計算が立たないのが大きな原因だ。
今回の日本×チェコ戦、相手はエースのトーマス・ベルディッチを欠いていたが、経験豊富なベテラン、ステパネックは健在で、単複で1勝ずつを計算できる状態だった。それでも初日の伊藤は、体調が万全ではない中でステパネックから第1セットを奪い、第2セットもタイブレーク5-3アップと迫ってみせた[7-6(5)、6-7(5)、1-6、5-7]。35歳で頸部に持病を抱えたステパネックもまた、チェコの勝利のために3連投が期待されていただけに、彼にどれだけの消耗を強いれるかも日本が勝つためには必要な要素だった。『何とか3日目まで持ち込めれば、添田の体調が戻るのではないか』という期待もこの時点ではあったはずだ。それでも「上の2人が欠けたことで、チームの士気が落ちていたのは事実」と後に植田 実監督も認めている。だが、伊藤の奮闘は、初日第2試合のダニエル太郎の闘志に火を点け、デビュー戦で格上のロソルに最初の2セットを奪われたものの、そこからフルセットに持ち込むという試合ぶりを見せた(4-6、4-6、6-3、6-4、2-6)。
こうして初日に2敗し後がなくなった日本。2日目のダブルスには、伊藤と内山靖崇が起用され、相手はステパネックとロソル。ロソルは予定されていたベセリに代えての起用で、チェコも勝負に出たと言っていい。結論から言えば、日本ペアはストレートで敗れ、3日目を待たずにベスト8での敗退が決まったのだが(4-6、4-6、4-6)、内山の奮闘ぶりは相手のチェコペアを驚かせるには十分だった。試合後のチェコのナブラチル監督は「内山のプレーにひやっとさせられた」と話し、ロソルやステパネクは「内山のネットでの動きがとても速く、苦戦させられた」と内山の存在が脅威だったと認めた。
デ杯のダブルスにおいて、今や内山は欠かせない存在となっている。昨年9月のコロンビア戦でこそスコア以上の惨敗を喫したが、その後、急激に実力と実績を積み上げ、カナダ戦での勝利で完全に自信をつかんだようだ。本人は「ダブルスももちろん大事ですが、自分としてはやはりシングルスのほうが中心」と話してはいたが、ダブルスのグランドスラムタイトルホルダーであるカナダのネスター、そしてチェコのステパネクにもその強さを認められたのが今の内山だ。だが、この内山の奮闘を呼んだのも、チームの緊急事態に全力を尽くした伊藤の初日の戦いぶりであり、「チームに貢献できるなら」と、数年前からダブルスを磨き続けた内山の努力の結実と、デ杯チームに対しての彼の情熱に負うところが大きい。そして何より、多くのファンがつめかけた有明コロシアムのムードが、彼らの闘志にさらに大きな火をつけたのだろう。
「勝利をファンや国のみんなと分かち合える」と言うステパネックの言葉は、ワールドグループを戦ってきた選手だからこそ出て来た言葉だ。しかし、自分たちが勝つ度に盛り上がり続けた有明の光景を体感している今の日本男子たちも、彼らと同じ種類の気持ちでデ杯のコートに立っている。日本のベスト8は決してフロックではないし、錦織一人の力で実現されたことでもない。それを証明する来季の日本チームの活躍に期待したい。