錦織 圭@ATPツアー・ファイナルズ

錦織 圭@ATPツアー・ファイナルズ

錦織 圭@ATPツアー・ファイナルズ

「彼のことは、彼が17歳の頃から知っているけれど、素晴らしい才能の持ち主だった」。大会期間中に、錦織 圭についてそう話していたのはロジャー・フェデラーだ。今年の錦織はマイアミでフェデラーを破り、USオープンではノバク・ジョコビッチを撃破。そして今季は世界ランキング5位でフィニッシュ。かつてラファエル・ナダルは「彼はいずれトップ10、いやトップ5に入って来るだろうね」と話していたことがあったのが思い出される。才能のある若者は毎年何人か現れ、そのたびに「将来のナンバー・ワン候補」、「すぐにでもトップ10」などと騒がれるものだが、実際にその才能にふさわしい地位を実現できるかどうかはまた別の話だ。

錦織圭そうした中、パリ・マスターズでベスト4に入ったことで、今季の世界8強が集う「ATPツアー・ファイナルズ」(以下最終戦)への出場権を獲得した錦織。日本人男子としてはもちろん、アジア人男子選手としても初の最終戦は、ナダルが虫垂炎の手術で欠場したこともあって第4シードとしての登場となった。フィジカルの強さが必須となった今の男子テニスで4番目。身長178cmの日本男子選手がこの地位に到達するというのは少し前なら夢物語だったが、錦織はそれを成し遂げた。

そして、錦織の初戦の相手はマレー。これまで3度戦い、まだ一度も勝ったことがない相手だったが、錦織は6‐4、 6‐4のストレートで勝利。特にラリーでは完全にマレーを上回っていて、スコア以上の勝利といっても過言ではない内容だった。「今季の僕は、彼のようなトップ10の選手たちをすでに何度か破って来ている。最初は少し硬くなったけれど第2セットでは自信が出て来て、僕のプレーはとてもソリッドだったと思う」と英語の記者会見でコメントした錦織。日本語での受け答えではもう少し物腰が柔らかなのだが、今季の錦織の英語での記者会見のコメントぶりは昨年と比較しても自信に満ち、堂々としたものになってきている。それがコートの上でもプレーとして表現され、相手が誰であっても物怖じすることなく自分の能力を発揮できることにつながっているのだろう。この錦織に対しマレーは「技術的に何かが大きく変わったとは思わなかった。ただ、以前よりもずっと自信を持ってプレーしていたし、チャンスではより攻撃的になっていたと思う」と試合後にコメントしている。

フェデラー続く2試合目の対フェデラー戦にはストレートで敗れたものの、ラオニッチの棄権でフェレールが相手となった3試合目で再びその能力を存分に発揮した錦織は、4‐6、6‐4、6‐1のフルセットで勝利。最後はテニス界随一のスタミナを誇るフェレールの脚が止まるほど錦織が速いタイミングでボールをコンロトールし、錦織自身が「第3セットはほとんど完璧だった」と振り返るほどの試合内容。第1セットは、これまで試合がなく体力的にフレッシュだったフェレールに粘られたが、その後じっくりと時間をかけて、最後にトドメを刺したというのがこの試合の顛末としては正しい表現だろう。

こうしてラウンドロビンを2勝1敗の2位で抜けた錦織は(1位は3勝のフェデラー)、準決勝で今季の世界ナンバー・ワンの座を確保したジョコビッチと対戦。第1セットは1‐6とやや一方的に奪われたが、第2セットからは様子が違ってきた。「彼は今のテニス界で最もクイックな選手で、才能のある選手。今季はたくさんの試合で勝って、タイトルも取り、すべてのサーフェスでデンジャラスな対戦相手だ」とジョコビッチが警戒していたテニスを錦織が展開し、この第2セットは6‐3で錦織。このセットをジョコビッチは「自分が集中力を失いブレークされ、試合に負けることさえ受け入れそうな心境になった」と試合後に振り返っている。そして迎えたファイナルセット、ジョコビッチサーブの第1ゲームで15‐40と錦織が2ブレークポイントを握ったのだが、ここはジョコビッチがかろうじてキープ。この場面についてジョコビッチは「その第3セットの最初のブレークポイントを彼が取っていたら、試合もどちらに転ぶかわからなかったね」とコメントしているが、これがきっかけで試合は再びジョコビッチ・ペースとなり、第3セットは6‐0でジョコビッチ。試合後、錦織もそのブレークポイントを「結局、最終セットはベーグルを焼かれてしまったけれど、第3セットのブレークポイントが取れていれば分からなかった。あと少しだったのは確かだと思う」と振り返っている。

錦織圭ジョコビッチは元々、ナダルやフェデラーを相手に勝つことを目指して自身のテニスを磨いて来た選手だ。彼が一度『守る』と覚悟を決めたら、その牙城は簡単には崩せない。逆に言えば、錦織はジョコビッチにそれを覚悟させるレベルまで追い込んだということ。「あと少しだった」という錦織の実感を、そのスコアだけから理解するのは難しいかもしれないが、プレーの内容から見れば事実としか言いようがない。

この大会期間中、「グランドスラムでも優勝のチャンスがあるのでは」と聞かれた錦織は、「そうですね。そのために頑張ります」とさらりと答えている。すでにUSオープンで決勝の舞台を踏んでいる以上、その上は優勝しかないのだから彼にとっては当たり前のことなのだろうが、それが日本男子選手ということに今さらながら驚かされる。錦織が次々と書き換えて来た日本のテニスの歴史と常識。錦織というとてつもない選手が、この先、日本のファンに何を見せてくれるのだろうか。

錦織圭最終戦でベスト4に入った後、帰国した錦織はウイルソンの新作記者発表会に登場。そこでは、来年1月から新作ラケット『BURN』(バーン)を使用することが発表された。このバーンは、バサルトファイバー以上に剛性の高い新素材『ハイパフォーマンスカーボンファイバー』を使用しているのが特徴で、これをフレームの内側だけに使用することで、インパクト時のフェイス面のゆがみを抑える効果がアップ。打球感はこれまでのスチームとほぼ同じまま、よりスピードのあるボールを打つことが可能になった。これは錦織の「攻撃的なプレーをするために、もっとスピードのあるボールを打てるラケットが欲しい」というリクエストに応えたもの。実際に錦織は「今、自分のテニスが以前より攻撃的なプレーに変わってきているので、このラケットを使えばよりウィナーの数が増えて、ポイントも早く終わらせられるようになると思います」とコメントしている。また今回のバーンのコスメは、黒をベースに錦織が好きな色であるオレンジを使ったもの。これには『闘争心』というメッセージも込められており、このバーンを手に錦織は来年さらなる飛躍をしてくれるに違いない。