今回の会場だったダグ・ミッチェル・サンダーバード・スポーツセンターは、本来はアイスホッケー用のスタジアム。コートの下はコンクリートで、今回カナダはその上に1cmほどの厚みのテニス用のサーフェス・シートを敷き詰め、特設ハードコートを準備してきた。そのコートに対しての錦織の感想は、「めちゃくちゃ速い」。大会初日のポスピシル戦を終えた後の錦織はサーフェスについてそう話していて、採用されていたボールについても「少し重たい」と表現。カナダの2枚看板であるラオニッチとポスピシルは、いずれもビッグサービスとビッグフォアハンドを武器とするパワー系プレーヤー。カナダにすれば、自分たちの持ち味を生かし、日本チームをパワーで押し切ろうという意図がはっきりとした選択だった。
だが、錦織は初日の段階で、このコートでの戦い方をある程度以上つかんでいたように見えた。ポスピシルを6-3、7‐6(5)、6‐4のストレートで下した後には、「エースを取られても気にせず、大事なポイントでどうプレーするかが大事」と頼もしいコメント。さらに「ラオニッチも同じタイプ」と、手応えを得ていた様子があった。そして、その言葉通り、最終日のエース対決ではラオニッチを3‐6、6‐3、6‐4、2‐6、6‐4で下して日本の2勝目を挙げ、最終試合に勝負をつないだ。
「速いことは速いですけど、それほど弾んでこないので」とラオニッチ戦の後の錦織はこともなげに語っていたが、フルセットにもつれたとはいえ、錦織が劣勢に追い込まれたという印象はまったくと言っていいほどなかった。試合の序盤から徐々にラオニッチのサービスを攻略し、最後は陥落させたのがこの日の試合だった。
錦織はリターンの名手として知られるが、その理由を思い知らされたのがこのラオニッチ戦であり、デ杯での2試合だったように思う。ラオニッチは錦織から29本ものサービスエースを奪ったが、恐らく、自分が優位に戦えていると感じていた時間帯はほとんどなかったのではなかろうか。錦織のリターンは、単にその打球技術で強いのではなく、ポジショニングやショットセレクションで「すさまじい」と表現するのが適当なほどの駆け引きをした上で相手にプレッシャーをかける。本来はサーバーが有利なはずの状況を覆し、主導権を握ってしまうのだ。
「(2ndサービスが)弾んでこないので、中に入れば胸のところで打てた。それが打ちやすくてタイミングを取れたのかなと思う」とラオニッチ戦の後の錦織は話している。しかし2ndサービスと言っても、ラオニッチのそれは時速180㎞台前後が普通に飛んでくる。当然、コートの中に入って打つにはかなりのリスクも伴うが、錦織はポジショニングで相手を揺さぶり続けることで、相手のサービスを自分が打てるゾーンに誘い込んでいた。時にはベースライン後方に構えたかと思えば、そこから少し前に入ったり、サイドをわざと開け気味にしてみたりと同じ位置からは決してリターンしない。そして第3セット辺りからは2ndサービス時には思いきってポジションを上げ、ほぼ毎回ベースラインの内側に入ってリターン。もちろん、それが毎回うまくいったというわけではなかったが、錦織はコートの中に入ることを止めない。それが相手への大きなプレッシャーになっていた。
ラオニッチからすれば、「自分のサービスが相手のダメージになっていない」という感覚になっただろう。また、「2ndサービスにしてはいけない」という猛烈な圧迫を受け続けていたに違いない。実際、ラオニッチの2ndサービスでのポイント率は第2セットまでは5割を超えていたのだが、第3セットは38%に急降下。1stサービスで100%ポイントしてセットを奪った第4セットですら2ndサービスでのポイント率は40%に抑え込まれ、第5セットでも44%と半分以上を錦織にポイントされた。
「やりずらいは、やりずらかった。1stサービスはなかなか取れないし」と錦織は言いながら、「ストローク戦でもフォアに回り込むのが相手のスタイル。それをさせないようにしたし、(サーフェスが速いため)できないこのサーフェスは(自分に)有利だったのかもしれない」ともコメント。不利なはずの環境でも、それに自分のテニスと戦術をアジャストさせて相手から武器を奪い、自分に有利な状況に作り変えてトドメを刺す。錦織が世界4位の座に就いたのはそれができるからで、ナンバーワンの可能性について世界中で真剣に語られているのも、錦織の「戦う力」の高さゆえのことだろう。
「今の目標はベスト4」と錦織は日本のデ杯チームの可能性について口にしていた。「チーム力を底上げすれば可能だと思う」と錦織は言い、「(チームは)一人強い選手がいるだけでも変わって来る」とも話していたが、彼の戦い方を目の前で見ていたはずの他のメンバーや、帯同していた若手の西岡良仁と中川直樹にとっても、今回の錦織の戦い方は強い印象を残したに違いない。日本のテニスの常識は錦織が変える。敗れたとはいえ、エースの存在感の強さと頼もしさを見せつけられたカナダ戦だった。
今回のデ杯カナダ戦、日本にとっては2011年のフィリピン戦以来のアウェイ。伊藤竜馬はその時も第1試合を戦い、セシル・マミットを破っていただけに、今回が初めての経験だったというわけではない。しかし、今回はワールドグループの1回戦。相手はトップ10プレーヤーのラオニッチ。また、最近では珍しいと言えるほど高速サーフェスの会場は、試合当日になって気温が上昇。低温だった練習時と比べるとボールの挙動が速くなったことなどが、伊藤の計算を狂わせた。
スコアは2‐6、1‐6、2‐6で伊藤のストレート負け。率直に言えば、相手のいい部分ばかりが目立ち、伊藤はそれに押し切られてしまったという試合だった。「気持ちがディフェンシブになってしまった」と試合後の伊藤は話しているが、ラオニッチを相手にディフェンスし切って勝てる選手はツアーにもほとんど存在しない。サービス関連の記録のほとんどでトップに君臨するラオニッチを攻略するためには、まずはそのサービスを崩すことが足がかりになるのだが、「2ndサービスでも180キロから200キロというサービスを混ぜられた。何とかリターンしてコートに入れていきたかったが触れなかった」と伊藤は素直に力不足を認めていた。「練習の時よりもボールが飛ぶ感じだったので、それを抑えようとして自分の武器の攻撃的なテニスを自分で消してしまった」というのが、伊藤の敗因であり、ラオニッチに自由にプレーさせてしまった理由だろう。どんな選手であっても第1試合はタフなもの。ラオニッチにとってもホームで最初の1勝が期待されている中での試合だっただけに、普段以上の固さもあったはずだが、伊藤は相手以上に萎縮してしまい、本来の力が出せなかった。
伊藤は有明ではアルマグロやワウリンカを破った経験がある。ハマった時の爆発力で言えば、錦織にも匹敵するようなパフォーマンスを見せることもあるのが魅力の選手でもある。初めてのワールドグループでのアウェイの洗礼を受けたということなのかもしれないし、勝ちたいという気持ちが強すぎて裏目に出たのかもしれない。「この経験を次に生かしたい」という彼の言葉に期待したい。本当に強くなる選手は、敗戦からより多くを学ぶものだからだ。
2日目のダブルスには内山靖崇と添田 豪が起用された。昨年のカナダ戦では錦織とのペアでネスター/ダンシェビッチ組を破り、日本のベスト8進出の足がかりとなったが、「前回と違い、今回はラオニッチとポスピシルが3日目に出て来るという状況で、トータルで考えた」と植田実監督は錦織の起用を見送った。「去年の日本のダブルスのパフォーマンスは素晴らしかったから当然、錦織が出てくるものだと思っていた」と試合後にカナダのロレンドー監督は不思議がっていたが、この日本の判断も、内山の成長によるものだろう。今の内山であれば、錦織の力を頼らなくても、カナダ相手に十分に勝負になる。そう判断してのことだったのではなかろうか。
カナダはネスターとポスピシルのペア。2011年以来、デ杯カナダチームではほぼレギュラーとなっている組み合わせだ。グランドスラムで全てのタイトルを持ち、ナンバーワンの経験もあるネスターはもちろんだが、ポスピシルもまた、昨年のウィンブルドンのダブルスで優勝したばかり。実力、実績、経験のすべてで日本ペアを上回っていたのは間違いない。だが、添田と内山は格上の相手に食い下がり、5‐7、6‐2、3‐6、6‐3、3‐6と敗れはしたが、フルセットの接戦を強いた。ポスピショルが3連投になることが予想され、最終試合まで決着がもつれることが予想されていた状況下としては、日本の大健闘だったと言ってもいいだろう。
中でも目立っていたのが、内山の決定力の高さだった。元々、サービス力が高く、ストローク、ネットプレーともにレベルの高いプレーを持つのが内山。パワーでもカナダを相手に打ち負けない力強さを持っている。植田監督は「去年の12月からこの2人で準備をしてきた」とも話していたが、前週の京都のチャレンジャーでも準優勝してデ杯を迎えていただけに、「今回はこの2人が一番だと考えた」という植田監督の考えも理解できるし、内山はその期待に十分応えたと言ってもいいだろう。昨年のカナダ戦での内山と錦織は、ネスターにダブルスの組み立てをされる前にポイントを決めてしまう積極的なプレーで勝利をもぎ取った。ダブルスで勝負すればネスターのほうが経験も技術でも上だが、個々のショットでの勝負に持ち込めばそう怖い相手というわけではない。この日の試合でも内山はネスターの揺さぶりに対してフィジカルのスピードを生かして対抗し、反応を高めて積極的にポイントを奪いにいった。これが試合が拮抗した理由だろう。
展開としては先にブレークしたほうがセットを取る、という男子のダブルスのセオリー通りの流れとなったが、カナダとしてはもっと簡単に勝てるという思惑もあったに違いない。「デ杯では誰もが最高のプレーをしたいと思うもので、それがプレッシャーになることもある」と試合後のロレンドー監督は苦戦の理由について話していたが、同時に「内山が素晴らしいプレーをしていて、それに苦しめられた」とも話していた。特に、第5セット第6ゲームで競りながらも内山がキープして迎えた第7ゲームのネスターのサービスゲーム。日本としてはここブレークできていれば、勝利できていた可能性も高かった。だが勝負所で固さが出たのか、あるいはこれまでくぐってきた修羅場の数の差をネスターに見せつけられたのか、このゲームでは内山も添田もリターンが合わず、カナダにキープを許して4‐3とされ、続く添田のサービゲームをブレークされて万事休すとなった。
内山は「自分たちにもチャンスはあった。最後の最後で負けてしまったのでくやしすぎる」と話していたが、これはその通りだろう。しかし、長く課題と言われ続けていた日本チームのダブルスに一つの光明が差したのも間違いない。内山のダブルスのスキルは確実に上がってきており、彼が自由に動ける状況を作れるパートナーとのダブルスであれば、相手がどんな強豪であっても十分に勝ち負けに持ち込める目処がついたのがこの試合だったからだ。「日本のダブルスの要」。試合には敗れたが、内山が名実ともにその座を確固たるものにしたのだけは間違いない。