デ杯ワールドグループ・プレーオフ 「コロンビア 対 日本」

デ杯ワールドグループ・プレーオフ 「コロンビア 対 日本」

デ杯ワールドグループ・プレーオフ 「コロンビア 対 日本」

3月の1回戦のカナダ戦で敗れた日本が、世界一を掛けて戦うワールドグループに来季も残留するためには、9月18日からの週末に行なわれたコロンビアとのプレーオフ(入替戦)に勝たなければならなかった。
コロンビアとは2013年にもプレーオフを戦っていが、この時はホームの有明。デ杯では対戦ごとのホーム&アウェイ方式で戦われるため、今回は敵地での戦いとなった。デ杯のホーム開催国は対戦にかかる費用のほとんどを用意する代わりに、会場、サーフェス、ボールなどの諸条件を自分たちの有利になるように準備できる。コロンビアが用意したのは屋外のクレーコート。開催地のペレイラはチームのエース、サンティアゴ・ヒラルドの出身地であり、海抜1400mの高地だった。

内山靖崇日本は錦織圭、ダニエル太郎、西岡良仁、内山靖崇をチームに招集した。これまで長くレギュラーを務めて来た添田豪や伊藤竜馬が外れたのは、彼らが苦手にするクレーでの開催だったからという意味も大きかったのだろうが、初めてチームでの最年長となった錦織にとっては、今まで以上にその存在感が試される対戦となった。

錦織に求められるのはシングルスの2勝。これは今の日本が勝利するためには絶対と言っていい。

コロンビアはNo.1のヒラルドが59位で、No.2のアレハンドロ・ファージャは123位。フアン・セバスチャン・カバルとロベルト・ファラは完全なダブルス要員で、ダブルスではトップクラスの実力を持つものの、シングルスはノーランキングという単複分業型の布陣だった。

今の日本チームが取りうる戦略は、対戦相手国がどこであれ、「錦織が2つ勝って、残り3試合で1つを取る」という形。だが、錦織の2つが一つでも崩れれば、この勝利の方程式は成り立たない。
さらに今回は敵地で日本が伝統的に苦手としてきたクレーという条件面に加え、スペインに拠点を持ち、クレーを苦にしないダニエル太郎という要素を除けば、今回が初代表の西岡、今回外れた添田や伊藤と同じくクレーを得意としない内山という日本の布陣は、錦織を擁するとはいえ極めて厳しい状況なのは間違いなかった。 しかし、結果論ではあるが、こうした有利とは言えない状況が、今の錦織にはプラスになったのかもしれない。 「今までにない感じ」という表現で好調さをアピールしながら、昨年準優勝の全米オープンで喫した1回戦敗退は、本人的にも相当なショックだったという。錦織は全米オープンでの敗退後に「気持ちが上向いて来ない」と自分のブログにも書いていた。
しかし、勝っても負けても、それを国の名前で語られるのが国別対抗戦のデ杯だ。個人戦での負けは、自分ですべて受け止めればいいが、代表戦は「日本が負けた」という言葉で語られる。ジュニア時代から団体戦では特に熱くなる錦織にとって、チームのエースとして、そしてチームの最年長として果たさなければならない責任の大きさは、間違いなく大きなプレッシャーではあるものの、今の彼にとっては必要なカンフル剤にもなったに違いない。また、内山や西岡は同じIMGアカデミーで過ごした後輩でもあり、以前、「彼らとデ杯を戦いたい」と口にしていたこともある。マイナスをプラスに変えられる要素もまた揃っていた。

第1試合ではダニエル太郎がヒラルドに敗退。2セットダウンからフルセットに持ち込む接戦だったが、負けは負け。こういう展開で、チームに流れを取り戻すには、エースがエースらしい強さを見せつけて勝つことが必要不可欠となるが、錦織はその役割をきっちりと果たしてファージャをストレートで下して初日を1勝1敗として終えた。  2日目のダブルスにも錦織を起用する手もあっただろうが、日本が選択したのは錦織を休ませ、最終日に万全を期すことだった。内山と西岡も予想されていた以上の戦いぶりを見せはしたが、やはり経験の差はいかんともしがたく、カバルとファラのペアに1-3で敗れて1勝2敗と相手に王手をかけられて最終日を迎えた。
第4試合はエース対決。ここで錦織がヒラルドに負ければ万事休すとなる。しかし、初日の段階で錦織は荒れたクレーや高地という条件への対応を済ませていたようだ。錦織はヒラルドが粘ってロングラリーに持ち込もうとしてもそれを許さずに攻撃を続け、ストレートで勝って最後のダニエル太郎にたすきをつないだ。

会場のペレイラはヒラルドの故郷で、彼がここでテニスを始めたというのは間違いない事実。しかし、その後のキャリアのほとんどをアメリカで過ごした彼にとって、ホーム開催とはいえ、全てが慣れ親しんだ状態ではなかったというのも確かだった。彼にとってもやはり環境に対応する必要があったのだ。

錦織圭

置かれた環境や相手の能力に素早く慣れて、その中での戦い方、勝ち方を見つけて対処していく調整能力。これはテニス選手に求められる要素の中で、実戦での強さに最も結びつく要素の一つだが、錦織はこれがずば抜けて高い。コロンビアが錦織にだけ不利な環境を用意したというのであれば別だっただろうが、お互いにマイナスからのスタートだというのであれば、ヒラルドが錦織以上のそれを発揮できなければ、勝負としては最初から錦織にリードされた状態でのスタートになる。まして、錦織はボールの重いスペインのクレーで開催されているATP500バルセロナを2連覇、さらに高地のクレーという条件のATP1000マドリードでも準優勝の実績を持っている選手なのだ。対錦織という意味で、コロンビアがこの条件を用意したのであれば、裏目に出たと言ってもいい。
エースの奮闘に応えてダニエル太郎が最終試合でファージャを倒し、日本がワールドグループ残留を決めたのだが、ファージャ戦は普通の試合であれば、中断していてもおかしなくほどの雨が途中からは降り注ぐ中での試合だった。  これもまた、ある意味では日本には有利に働いたと言ってもいいのかもしれない。ファージャは最高位48位の実績を持つが、すでに31歳のベテラン。対するダニエルはようやくツアーに軸足を移しつつある124位だが、まだ22歳。下部大会での下積みを積んでいる最中の選手で、厳しい条件の大会には慣れたものであり、上り調子の若手だ。

リードして追い付かれ「もう1つも落とせない」という状況でスタートしたコロンビアと、追い上げる形で「あと1つ取ればいい」という日本。キャリアの終盤を自覚しつつあるベテランと、明るい未来を信じている若手。条件が厳しくなればなるほど、どちらが流れを手にするかは明らかだろう。「すごいプレッシャーがあった。でも、自分よりも相手の方がよりそれを感じていたと思う」とダニエル太郎は試合後に話している。この言葉が両者の立ち位置を全て言い表している。

日本の勝利の方程式を守ったエース錦織と、それを完成させたダニエル太郎。日本にとっては快心の勝利と言ってもいいだろう。また、先に王手をかけられた後の逆転勝利も、日本をまた一段階勝負強くした。来季もまたワールドグループでの戦いだ。「世界一を目指す」という目標に、また一歩近づいた。