2012年の全日本選手権のダブルスで優勝。デ杯チームでもダブルスの要として頼りにされ、本人も自覚的にダブルスのスキルを磨いて来た内山だったが、シングルスを捨てるという意識は一度も持ったことがなかったという。ダブルスに力を入れるのは、あくまでもデ杯チームのためであり、自分のスキルの向上のため。ジュニア時代からそのスケールの大きなテニスで期待された彼のシングルスも、ようやくツアーのレベルに到達しつつある。
内山は楽天ジャパンオープンの前週のマレーシア・クアラルンプールの大会で予選を突破。初めてATPツアー本戦の舞台を踏んだ。1回戦は今年のデ杯1回戦で、日本の前に立ちふさがったバセック・ポスピシル(カナダ)で、ストレートで敗れはしたものの、自力で辿り着いたツアーの本戦という経験を経て挑んだ楽天ジャパンオープンは、直前で本戦ワイルドカードを得ての出場だった。
「決まったのが直前だったので、そこまで特別な準備をして臨んだわけではない」と内山は言う。実際、楽天ジャパンオープンのワイルドカードの選定はギリギリまで決まらず、二転三転した末に内山に決まったという裏話もあるのだが、彼は直前の決定にも腐らず、「2週続けてのATPツアーの本戦。何としてもこの大きなチャンスをつかみたい」と、むしろ闘志をみなぎらせて大会に臨んでいた。
「本当に責任重大」と顔を強ばらせて参加した公開ドロー抽選では、西岡良仁と二人でクジを引き、西岡が引いたクジで内山の1回戦の相手がイリ・ベセリ(チェコ)に決まった。対戦経験はないが、ベセリとは1歳違い。「ジュニアの頃から同じ大会に出ていたので、良く知っている」という相手だった。 内山は今年の4月頃から拠点をスペイン・バルセロナに移し、出場する大会もヨーロッパを中心にしながら今季は活動してきた。「テニスのことだけを考えて過ごす毎日も必要な時期」と考えてのことだというが、「日本の方が色々と楽」と言いつつも、今後もスペインでの生活を続けたいと話しているのは、それだけの手応えを感じているからこそなのだろう。
ベセリとの1回戦は4-6、4-6でのストレート負け。第1セットは試合開始直後で硬かったという最初のサービスゲームを落としたのが響いての4-6で、第2セットは第4ゲームで先にブレークしてリードしながらも、最後に2ブレークを返されての逆転で奪われての4-6だった。だが、武器のサービス関連のスタッツは概して高く維持され、トータルポイントでもわずかに4ポイント差。惜敗と言ってよかった。
「第2セット、4-2の30-30で攻め急いだ」と内山は振り返っている。この場面でファーストサービスが2ポイント続けて入らず、ベセリにはそれにつけこまれた。「(大事なところだと)わかっていたのに、そこをクリアし切れなかったのは、普段戦っているステージの違いだと思う」と内山は話している。
対戦時の内山のランキングは229位で、相手のベセリは40位。ランキングでは確かにまだ大きな差はあるが、現在の男子ツアーでは、30位前後以下と200位台の選手なら、技術面での差はほとんどない。大きいのは試合の中で訪れる数回のチャンスを生かせる集中力の有無で、それは厳しい戦いの中でだけ研ぎすますことができる力でもある。試合後の内山は「このステージに居続けたいと思った」と話しているが、それもこの春から夏にかけて「本気でテニスに向き合う時間が増えた」おかげだろう。
「厳しいところに身を置かないといけないと思った」という内山が、その果実を得るまであと少しだ。
有明の伊藤竜馬は強い。2012年の大会では当時12位(以下ランキングはすべて対戦当時)のニコラス・アルマグロ(スペイン)を破り、2013年は24位のフェリシアーノ・ロペス(スペイン)をフルセットまで追いつめ、昨年は4位のスタン・ワウリンカ(スイス)をストレートで下している。この種の「大仕事」をやってのける選手に共通するのは、その底力の高さだ。
いい時の伊藤のサービスとフォアはパワフルな海外勢とも真っ向勝負して勝てるレベルがあり、かつては弱点でもあったバックハンドも年々向上を続けていて、安定したショットをクロス、ストレートの両サイドに打ち分けられるようになっている。ボレー単体ではまだまだトップクラスとは差があるが、アプローチからのネットプレーの流れに関してはトップ選手の平均レベルには到達しつつある。また、フィジカルの完成度もほぼピークに近いはずで、つまり、彼がその持てる実力をしっかり発揮しさえすれば、誰が相手だろうと勝ち負けに持ち込めるレベルの選手だというのは間違いない。
問題は、その実力を出せるかどうかだけ。今の伊藤の課題はまさにその一点に尽きる。
2年続けて対戦することになった伊藤について、「今は彼のことを知っている」と、ワウリンカは対戦前に話していた。これは『去年は知らなかったから負けただけ』という意味を言外に含んだ不敵なコメントとも受け取れるが、同じ相手に2度続けて負けるわけにはいかないというワウリンカの覚悟の強さも感じさせた。そして、伊藤はグランドスラムを2度制した選手の懐の深さを見せつけられることになる。
スコアだけで言えば伊藤から3-6、6-2、4-6のフルセットでの敗退で、競った試合と見ることもできるのだが、序盤は安定感を重視しつつ試合を五分で進める「プランA」で戦い、最後はパワーにモノを言わせる「プランB」で勝利をマネージメントしたワウリンカに対して、伊藤は打ち合いではいい形を作れても、勝つための戦術が欠けていた。トータルポイントでは内山対ベセリのスコアと同じく、4ポイントの差でしかなかったが、大きな意味を持つ4ポイント差だったのがこの試合だった。 「決して簡単な試合ではなかった。勝って次に進めてほっとしている」と話したワウリンカ。「寒くて風が強く、夜の試合でサーフェスも速く感じられる難しい状況」と言い、「シーズンの最後は疲れや、時差による影響もあった」という中で、「知っている」と話した伊藤に勝つために彼が選択したのがパワー勝負でねじ伏せるのではなく、あくまでも確率を重視したプレーだったというのが興味深い。
ワウリンカの目で見たときの伊藤は、パワーで押し切れる相手ではなく、しっかりとテニスをしなければならない相手だったということの、これは一つの証拠でもあるはずだ。
だからこそ、伊藤には惜しまれる敗戦でもあった。第3セットの最初の2度のサービスゲームをもう少し大事にプレーし、どちらか一方でもブレークされずに終盤に持ち込めていれば、結果もわからなかったかもしれない。しかし、それが今の伊藤とワウリンカの差ということなのだろう。 「1回目は向こうにデータがない。今回が本当の戦い」だと思っていたという伊藤。「勝てるチャンスがあった。あそこまで行ったら勝ちたかった。悔しい気持ちが大きい」とも彼は話していたが、それもまた真実に違いない。試合を勝利で終わらせるための手札の数で、相手を上回れなかったというのがこの試合だった。
「フォアで終わらせられたポイントでのミスが多かった」と伊藤は話しているのだが、それを感じられたというのは十分に収穫と言える。「とにかく練習しかないですね」とも伊藤は話しているが、トップ選手たちを相手にしても、何が足りなかったのかを具体的に語れるレベルで、戦うベースはもはや整っている。あとはどう勝っていくかだけ。それさえつかめれば、ドラゴンは再び火を吹くはずだ。
今季は28勝18敗で、タイトルなし。ランキングでは21位という状況だったのが大会前までのディミトロフ。トップ選手たちの多くが、賞金額の高い北京を選ぶ中で、彼が2012年以来となる東京を選んだのは恐らく、確実にポイントを取りたいという意味もあったのだろうが、結果から言えば、今回はツキがなかったということになるだろう。
1回戦の相手は後に準優勝するブノワ・ペール(フランス)。初対戦だったオランダのフューチャーズ大会から数えると1勝2敗という相性の悪い相手で、しかも、今大会のペールはいわゆる「当たり大会」状態で絶好調。序盤から激しい打ち合いになった試合は4-6、6-3、1-6での敗退だった。
とはいえ、敗れはしたものの、試合を終始押し気味に進めていたのはディミトロフだった。ペールが試合の中でイライラを募らせ、ネットを激しく叩き、ボールを場外に打ち出し、ラケットを破壊する一方で、ディミトロフはペールが白けさせたコロシアムの空気を笑いに変えるような余裕を見せる場面すらあった。
だが、13本あったブレークポイントの内、1本しか生かせなかったディミトロフに対して、ペールはわずか4本のブレークチャンスの内、3本を生かして勝利につなげた。展開は互角、あるいはディミトロフに優勢だったが、勝敗を分けたのはこうした勝負所での勢いの差でもあったのだろう。
才能がある選手ほど、どこか簡単にポイントを逃してしまう癖があり、ディミトロフもまたその気配が強い。貪欲に勝ちを拾いに行けば勝てたはずの試合を簡単に逃してしまうのは、今の彼の最大の課題だろう。
だが、かつてはハードコートでもクレーコートと同じように、ベースラインから大きく下がって展開することが多かったラリーで、彼はここにきて前にポジションを上げたまま、早いタイミングで捌いていくテニスに変えようとしているフシがある。かつてはいいショットを打っても、ポジションが後ろ過ぎて相手にはダメージになり切らなかったが、今大会の彼が見せていたタイミングを早めて打って展開していく形がモノになってくれば、状況も大きく変わるだろう。
負けた翌日もすぐに上海には飛ばずに、会場内で練習したり、サイン会に応じて笑顔を見せるなど、日本の大会を存分に楽しんだ様子。来年はどんなテニスで日本のファンの前に現れてくれるのか。今から楽しみだ。