デ杯イギリス戦REPORT

デ杯イギリス戦REPORT

デ杯イギリス戦REPORT錦織圭、2012年以来の敗戦

3月4日から6日にかけて、イギリスのホーム開催(バーミンガム・インドアハードコート)で行なわれたデ杯ワールドグループの1回戦は、日本の1勝3敗で終わった。内訳はシングルスで錦織圭が1勝1敗、ダニエル太郎が1敗で、ダブルスの西岡良仁と内山靖崇が1敗の計3敗だった。

錦織圭「トップ10選手として、2勝をするのは任務」だと、アンディ・マレーにフルセットで敗れた後の錦織は、つとめて無表情で語っていた。彼は負けた後でもあからさまに悔しさを表には出さないタイプではあるが、彼が見せる表情としては、かなり後悔の念の強い部類のそれだったように見えた。

イギリスは前年の優勝国でホーム開催。エースで世界2位のアンディ・マレーを筆頭に、ダブルスの世界2位で、アンディの兄のジェイミー・マレー、2013年の全米オープンの1回戦で錦織を破った経験を持つダニエル・エバンズに、ダブルス・スペシャリストのドミニク・イングロットというベストの布陣で日本チームを迎え撃った。監督のレオン・スミスは対戦前から「トップ10選手がいて、トップ100の選手たちで構成される日本チームは手強い」と警戒心をむき出しにしていて、ジェイミーは「日本は自分たちと似たチーム。ダブルスでだけは有利かもしれない」と分析していた。
対戦そのものは、ジェイミーの予想通りとなり、アンディがエースとして単複の3試合に出場して3勝を挙げてイギリスの勝利となったが、日本から1勝2敗で迎えた錦織対アンディ・マレーの試合でもし、錦織が勝っていれば、2番手のエバンズと日本のダニエル太郎、もしくは西岡良仁との差ほとんどなく、勝敗も逆のものとなった可能性も高かった。そしてこれは、地元イギリスでも強くそう考えられていたようだった。それだけに、エース対決となった第4試合は、両者にとって「必勝」が課せられた試合でもあった。

イギリスはとにかく錦織の影に怯えていた。昨年の優勝は79年ぶりの快挙で、国中が沸いた。それからわずか3ヶ月余りで迎えた1回戦でもし敗れてしまえば、昨年の優勝の喜びも吹き飛んでしまう。イギリスとしてはデ杯優勝国の金看板を押し立てて、国内のジュニアたちへのテニスの普及の拡大を政策的に取り組んでいる最中だが、それもご破算になりかねない。それだけに日本に勝つのは至上命題であり、必死でもあった。2日目のダブルスの前には「日本は当然、錦織を使ってくる」というのはチームはもちろん、取材に来ていたイギリスのメディアの総意でもあったようで、2日目のダブルスに内山と西岡がそのまま起用されると決まると、大きな驚きが広がり、日本の記者がイギリス人記者にその理由を聞かれ、記者会見でも試合後に植田実監督がイギリスのメディアから質問攻めを受けたほどだった。

また、昨年優勝したとはいえ、アンディ・マレーにとっては、デ杯で対戦する相手として、錦織がこれまでで最上位の相手。今まではエースとして勝つべくして勝ってきた試合がほとんどだったが、彼は初めて「負けるかもしれない相手」との戦いとなっていた。錦織圭

これは錦織にとっても同じだった。錦織がデ杯で負けたのは、このイギリス戦の前までは2012年に兵庫のビーンズドームで開催されたクロアチア戦のイボ・カルロビッチ戦と、デ杯初出場だった08年インド戦のロハン・ボパンナ戦だけ。その後はカナダ戦でミロシュ・ラオニッチを2度倒しているものの、錦織からすれば「勝てる相手」との試合が全てで、「負けるかもしれない」相手はもちろん、いわゆる「ビッグ4」との対戦は今回が初めてで、それが敵地になったというのも、大きな試練には違いなかった。
両チームの命運をかけた第3試合。結果から言えば、錦織から5-7 (6)6-7 6-3 6-4 3-6での敗退だったが、4時間54分の試合時間はマレーにとってキャリア最長タイの接戦だった。
落とした第1セット、第2セットもそうだったが、試合を通じてむしろ錦織が攻めて、マレーがしのぐという展開だった。錦織はラリーになるとフォアをダウンザライン、あるいはクロスに振った。それも全てがラインを削るようなショットの連発で、マレーはオフバランスの状態を強いられながらも懸命にボールを追いかけて走り、深く、そして角度をつけてコントロールすることで錦織に決定機までは与えない絶妙の守備を見せていた。最後は錦織が我慢し切れずボールをラインの外に出してしまうか、浮いたボールをマレーにネットで捌かれるかで勝負は決まっていった。

第3、第4セットは前の2セットでスタミナを削られたマレーがパフォーマンスを落としたことで錦織に取り返されたセットだったが、第5セットは逆に錦織の集中力がわずかに落ちた隙を突かれ、リターンで攻められてミスが出てマレーに持っていかれてしまった内容だった。
錦織圭「可能性が見えていた5セット目だった。もう少し集中力が続いていればと思う。悔やむポイントもいくつかあるセットだった」と第5セットについて錦織は振り返っていた。
マレーは第4セットを2-5とされた時点で明らかに第5セット勝負に頭を切り替えていたが、4-5まで挽回した時点でマレーは再度ギアを上げかけた。これが「ビッグ4」のそこ知れぬ怖さというものだろう。チャンスと見れば即座に戦闘態勢に戻り、一瞬でマックスに持っていく。2-5のサービスゲームでそのままセットを取り切れなかった錦織はまだ、この部分が甘いのかもしれない。
しかし、ここまでの錦織のテニスの質も凄まじいものだった。マレーもホームの観客たちからの後押しと、経験でわずかに錦織を上回っていたことだけがスコアでは差になったとしか言いようがない。「観客には本当に助けられた」と試合後のマレーは話していたが、これが単なるファンサービス的なコメントだったとは思えない。バーミンガムの観客たちが作った空気は、本物のホームであり、日本にとってはアウェーだった。

これがホームのデ杯ではなく、グランドスラムでの5セットマッチだったとしたら、マレーもここまでの集中力を維持できていたかは怪しく、また、錦織からしても自分が勝って最終戦につなぐというモチベーションが最後まで彼を支えていたに違いない。デ杯だからこその名勝負。確かに試合には負け、日本チームは勝利を逃したが、錦織は恐らく、この試合でまた強くなる。そんな予感を強く感じさせた一戦だった。

成長の跡を見せた内山靖崇 近年の日本男子は、錦織を始め、添田豪や伊藤竜馬、ダニエル太郎、西岡良仁がトップ100入りを果たし、最近、杉田祐一もその一人に加わった。オープン化以降の日本男子の黄金時代はまさに今、と言っていい状態だ。 そんな中で、内山がデ杯に呼ばれ続けるのはダブルスでの能力が買われてのものだ。 だが、チームは「シングルスで3つ勝つ」と早い段階からはっきりと言葉にしている。内山にとってはいささか不本意な言葉に違いない。
このイギリス戦では西岡と組んでのダブルスで、マレー兄弟と対戦した。結果はストレートでの敗退だったが、内山は確実な成長の跡を見せていた。

錦織圭イギリスのマレー兄弟はコートの1.5面分ほどをアンディがカバーするダブルスで、ジェイミーは自分の範囲に返ってきたボールを確実に処理する役割だった。個としての力量に明らかに差があり、彼らにとってはそれが一番勝率の高い戦い方だからこそそうなっていたのだろうが、アンディの負担は決して小さくなく、5試合を戦うデ杯で、毎回使えるかどうかとなれば、疑問符を付けざるをえない。

イギリスがアンディを起用する必勝態勢を敷いたのは、日本がダブルスにも錦織を起用してきたら怖い、という憶測に基づくものだったようだが、アンディのシングルス第4試合までに2勝を挙げるのが彼らにとっては譲れない勝利の方程式で、これを崩せなかったからでもあるし、日本のダブルスに対して、アンディを使わなければ勝利を計算できないという一定以上の警戒をしていたためでもあるだろう。
一方の日本のダブルスは、内山が西岡をしっかりとカバーして、西岡の良さだけを引き出そうとするダブルスになっていた。これは内山のうまさが確実に向上していればこそ作れた形で、今の内山なら、誰とのコンビでもある程度以上のダブルスができるだろうと思わせた。

エースを量産できるレベルではなくても、相手に自由にリターンをさせないサービスの強さと、ポジショニングの確かさ、正確で安定したリターン力があれば、ダブルスは個の力を覆せる。内山のダブルスはその土台をしっかりと固められる力量を示したと言っていい。今回の負けは、アンディの圧倒的なリターン力に押し込まれてしまった形だったが、相手が並のダブルスなら、内山がリードする日本のダブルスはかなりの力を見せられるに違いない。
「チームとして(ダブルスを)何とか変えていかないと、デ杯を勝ち切るのは難しい」と内山は言う。先に2勝して錦織に託す形を作る。そのカギはやはりダブルスが握っている。それはチームの総意に違いないが、恐らく、チームのことを一番深刻に考えているのは内山だろう。

本人的にはもちろん、シングルスで戦いたいという気持ちも強いはずだが、彼がダブルスの力を磨き続けているからこそ、日本のデ杯は強くなってきた。決して錦織のワンマンチームと呼ぶべきではないのは、内山の姿を見ればそう思わされる。