これまで黒塗りラケットを使っていたフェデラーが、新コスメを与えられたラケットで臨んだ初めてのグランドスラムとなったのが先のUSオープン。第2シードがついたこの大会、準決勝で勢いのあるチリッチに敗れてしまったが、これまで以上にネットプレーで勝負する姿を見せて相手にプレッシャーをかけ、『まだまだ第一線で戦う』という意志を示した。準々決勝でモンフィスに最初の2セットを奪われながら続く3セットを連取し大逆転勝利したのも、そうした強い意志があったからなのだが、実はフェデラーとしては『だからこそ』新ラケットに変更したという経緯がある。
というのも、フェデラーがウイルソンの開発陣に「まだ果たせていないものがある。そのためにすべてを進化させたラケットを作ってほしい。特にスイートエリアの拡大とパワー。でもフィーリングはこれまでと同じもの」とリクエストしたのが、12年のロンドン・オリンピック後。決勝戦でマレーに負け≪生涯ゴールデンスラム≫を逃したフェデラーは、この時点で16年のリオデジャネイロ・オリンピックを見据えていたことが分かる。この時31歳のフェデラーは、リオ五輪時には35歳。年齢によるパワーダウンを考えると、これまでのモデルでは『トップで戦えない』と判断したのだろう。
それを受けてウイルソンがまずアプローチしたのが、スイートエリア拡大のためのフェイス面でのトライだ。まずは90、93、95、98、100平方インチのモデルを用意。またフェイス面を大きくするだけでなく、ダブルホール、パワーホール、パラレルドリルなど、従来のスイートエリアを広げる機能を付加したものも用意し、一本ずつフェデラーにテストしてもらったのだ。その結果、フェデラーが選んだのが、ダブルホールなどの機能が使われない95~98インチのフェイス面。そこからさらに絞り込んで97平方インチのものへとなっていったのだ。
ここで興味深いのは、フェデラーが「スイートエリアを拡大したい」とリクエストしたこと。これまでの90平方インチのモデルでは、フェイス面の真ん中から少し外しただけでミスヒットとなってしまっていたことを解消したかったのだろう。この新たな97平方インチのラケットを使ったフェデラーは「スイートエリアが広がったことで、果敢なネットプレーができるようになった」とコメントしている。
そしてパワーについては、フレームをこれまでのPRO STAFFと同じボックス・タイプ、SIX.ONEと同じラウンド・タイプ、BLADEと同じエックス・ループ・タイプの3種類が用意されたのだが、フェデラーは「ボックス・タイプだとクレーでのロングラリー時の安定感に欠ける(特にスピンを利かしたバックハンド)。ラウンド・タイプだと逆に安定感が高すぎる。エックス・ループ・タイプだと思い描いている軌道で飛ばない」と感覚にマッチしない様子。そこでウイルソン開発陣は、PRO STAFFのボックス・タイプをベースに、厚みや形状を変えて少しずつパワーアップさせる方法をとることに。その結果、最終的に完成したのがボックス形状とラウンド形状を組み合わせた≪50/50≫の新フレーム。フェデラーからは「サーブのパワーアップと、バックでトップスピンを打つ時の面安定性に貢献している」と高評価を得た。
こうして、フェイス面は97平方インチ、フレームは新形状の50/50と、まったく新しいラケットとなったのだが、これまでと変わらないのが素材。素材もいろいろなものが提供されたのだが、結果的にバサルト・ファイバー+カロファイト・ブラック+グラファイト+ケブラーという配合比はこれまでと同じ。フェイス面、フレーム厚が違うため配合位置に若干変更があるものの、フェデラーが求める『フィーリング』を出すには、素材はこれまでのものがベストだったのだ。
そうした試行錯誤の結果、できたのがフェデラーがUSオープンで手にしていたPRO STAFF 97 RF AUTOGRAPH。実に127本の試作品を経て、完成した逸品なのだ。
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