結果から言えば、昨年に続いて準々決勝での敗退となったフェデラー。フランスのジョー・ウィルフリード・ツォンガに2セットアップからの逆転負けを許してしまった。フェデラーがグランドスラムで2セットアップから敗れたのはこれが初めてのことで、さすがに限界説も浮上してきた。しかし、相手のツォンガはランキングに関係なく一度当たり始めたらどんな相手であろうと蹂躙してしまう能力を持った「ジョーカー」のような存在だが、この一戦のみで、フェデラーの今後そのものまでを括ってしまうのはいささか早計に過ぎるだろう。選手の一生にはいくつかのフェイズがある。8月8日の誕生日で今年30歳を迎えるフェデラーも、ゆっくりと晩年に近づきつつあるのは認めざるを得ないところなのだろうが、今回のウィンブルドンでの敗戦は、不運の側面が強かったと見た方がより正解に近いように思われる。
サーブが完璧だったこの日のツォンガがフェデラーに与えたブレークポイントは、第1セットのわずかに1度だけ。フェデラーを相手にこんなプレーのできる選手は、彼以外にはまだいまい。当のツォンガ自身でさえ『もう一度再現しろ』と言われても難しいだろう。そんな完璧な状態だったツォンガを相手にフルセットを強いた。成長してきたライバルたちに、その差は縮められてはいるもののフェデラーの能力はまだまだ健在だ。「僕のプレーは悪くなかったと思う。ただ、試合では時折こういうことが起きるということさ。僕に勝つには相手だって何か特別なパフォーマンスを見せなければならない。それがわかっただけでもよしとするよ」。フェデラーの逆襲に期待したい。
前哨戦のATP250イーストボーンでベテランのシュトラーやステパネクを下してベスト4に進出していたことを思えば、1回戦敗退という結果そのものは残念だった錦織 圭。しかし、初戦の相手は故障続きでランキングを大きく落としているとはいえ、かつてのNo.1でウィンブルドン優勝経験もあるレイトン・ヒューイットだったのだから、責めるのは酷というものだろう。錦織が08年にグランドスラムの本戦デビューを果たしたのがウィンブルドン。「ポイントが早く決まる芝は戦いやすい」とさえ話す錦織は、前哨戦ではそれなり以上の結果も残しているのだが肝心の本番ではいまだ未勝利。しかし、昨年はセンターコートでナダルと戦い、今年はヒューイットと戦った。欲しくても簡単には得られないチャンピオンたちとの対戦経験を積んでいる。いずれこれらの敗戦が、大きな勝利への布石となる日も来るだろう。
ヒューイット戦で見えた課題は少なくないが、それも今まで荒削りだった部分を整えようとしているために生じた過渡期の苦しみのようなもので、文字通りの『課題』。あとはそれに適切な解答を用意できるようになるだけでいい。今取り組んでいるというショットの確率を上げるためのテニスと、彼ならではの意外性のあるショットセレクション。これを相手や展開を見ながら出し入れできるようになれば、結果も自ずと付いてくるはずだ。そのためのテストをナダルやヒューイットを相手に実践できた。これを財産と言える今後の活躍を祈りたい。
元々芝はフィッシュが得意とする舞台。4回戦で昨年の準優勝者のベルディッチを下したのも彼の確かな実力があってこそで、勝つべくして勝ったという言い方で構わないだろう。強力なサーブを軸に、フォアハンドで相手を崩してネットで決める。彼のアメリカ的なプレースタイルは、攻めの早さが求められる芝にはマッチする。
フィジカルタイプではないが、クリーンにボールを当てて、フラット系の強打をピンポイントでコントロールするセンスを持つ彼のボールは、見た目以上に強力だ。準々決勝ではナダルと当たり、1セットをもぎ取ってみせた。「芝のテニスはハードコートによく似てるんだ」とフィッシュは言う。「僕にはとても合っていると感じているよ」。ナダルを相手にしても、真正面から挑みかかっていけたのは、その自信の裏付けがあってのことだろう。
自身初のベスト8進出。フェデラーと同じ年で、今年の誕生日(12月9日)に30歳になるフィッシュだが、8位のランキングはキャリアハイであり今やアメリカ勢のトップ選手。「一つ一つ積み重ねていくだけだよ。もう一つ上のステージに行きたいと願うなら、まずは目の前の試合に勝たなきゃならない。そう考えられるようになったのは大きいね」。ベテランだからこそ、芽生える自覚や強さもある。故障に泣かされ、20代の前半のほとんどを低迷期で過ごしてしまった男がいよいよ本格化しつつある。
まるでどちらが優勝経験者なのかわからなかい女子決勝戦だった。初めて進出したウィンブルドンの決勝。クビトワはまるで当たり前の顔でプレーをし、04年のチャンピオンであり完全復活を狙っていたシャラポワをその強打で圧倒した。チェコ出身の選手に共通した特長は、基礎的な技術の高さ。183cmと大柄で、パワーヒッターの印象が強く、また戦績的にも波のある彼女だが、ボールのインパクトは厚く正確で、必要に応じて様々な回転を操る能力もある。
何よりプレーの動作が自然で、どこにも無理がない。自然な動作の中で、正確にボールを捕えてコントロールするのは、言葉で言うほど簡単なことではない。持って生まれたセンス、繰り返されたであろう反復練習でのみ培われる一つの技術なのだ。
女子では待望久しい左打ちの本格派。左打ちの強烈なサーブは、シャラポワの武器であるバックハンドを詰まらせ、高い打点から次々と繰り出されるフォアハンドは、サイドラインを鋭く削った後コートの外へと切れていく。少しでも浮いたボールを打つことが、そのままエースになると相手に感じさせる迫力。
その重圧は、試合中に相手のメンタルを確実に蝕んだ。復調しつつあったシャラポワのサーブが乱れ、ストロークのコントロールが定まらなくなったのはクビトワのプレーによるプレッシャーによるものだと見た方がいい。この日の彼女のプレーはまさに完璧だった。「まだ全然信じられない。もう少しすれば実感できるようになるのかしら」。優勝後の記者会見でクビトワはそう言葉にした。まだ21歳。このまま成長を続ければ、彼女は自分の時代を築けるかもしれない。そんな予感さえ漂わせた圧勝劇だった。
時速200キロを超えるサーブを次々とコートに突き刺し、2回戦で全仏覇者の李 娜を下したのがリシツキだ。「彼女があのテニスを続けられるというのなら、いずれNo.1にもなれるかもしれないわね」と強気な李を脱帽させた一方で、「そんなに簡単なことじゃないとも思うけど」とも言わせたという。この試合でリシツキが奪ったサービスエースは17本。フルセットマッチだったとはいえ、3セットマッチの女子の試合、しかも相手はリターンのいい李。これは破格の数字だ。『こんなテニスを続けられるわけはない』、李がそう思ったとしても、それを皮肉の意味だけで取るべきではないだろう。この日のリシツキは、相手にそう思わせるだけのプレーをしたのだ。
昨季は、2度に及んだ左足首の故障による長期の戦線離脱。09年には22位まで上げていたランキングも急降下し、今季は179位からのスタートだった。そんな彼女が、このウィンブルドンでベスト4進出を果たせたのは、ツアーを離れていた間にも決して目標を見失わずその牙を磨き続けてきたからだ。「ワイルドカードでの出場ですもの。負けても何も失うものなんてないわ」。シャラポワとの準決勝を前にした彼女は、以前よりもずっと精悍になった顔つきで笑っていた。全仏でもズボナレワをあと一歩まで追い詰めた。試合の最終盤に起こした体調不良さえなければ、パリのクレーコートでも躍進していてもおかしくないほどのソリッドなテニスだった。ダイナミックなフォームから繰り出す強打の威力はデビュー当初から凄まじいものがあったが、当たり外れも多かった。だが、今はそれを状況に合わせて使いこなせる頭脳と、試合の最後まで高いテンションを続けられる心身のスタミナを身につけている。女子の新星がまた一人、ツアーに甦った。