2017年ウィンブルドン、この大会は、すべてのテニスファンの記憶に残るものとなっただろう。史上最高のプレーヤーと称されるロジャー・フェデラーの復活優勝。優勝までの戦いぶりは、正に"PERFECT"なものだった――。
「(休養することで)自らに芝での最高のチャンスを作った。振り返るようなことはしたくないし、後悔もしたくない」―― 7月1日、ウィンブルドンの直前会見で、ロジャー・フェデラーは語った。今年3月、インディアンウェルズ、マイアミでサンシャインダブル(両大会で優勝すること)を達成したあと、クレーシーズンの休養を宣言。そして、ウィンブルドン前哨戦2大会から復帰。6月19日からのゲリー・ウェバー・オープンでは、全試合ストレート勝ち。決勝では、新進のA.ズベレフを6-1、6-3で圧倒している。 ウィンブルドン開幕、フェデラーは第3シードで臨んだ。
大会直前には、芝での試合数が不足していることから、勝つのは簡単ではないとする声(決勝で対戦したチリッチなど)もあったが、始まってみればその見立ては誤りであることがわかる。終わってみれば、全試合ストレート勝ち。もちろん、試合中ずっと圧倒していたというわけではない。実際、決勝までの6試合で5度タイブレークを経験している。ただ、その中で最多失点は"4"(ラオニッチ戦、ベルディッチ戦)。拮抗した展開で見せる集中力の上げ方、プレーの精度は、非の打ちどころのないものだった。
ドルゴポロフ、ラヨビッチ、M.ズベレフを倒して4回戦に進出。そこで実現したのが "フェデラー" vs. "ベイビー・フェデラー" である。芝の舞台でのディミトロフとの対戦は、注目を集めた。ディミトロフがフォアでクロスへ、それに対してフェデラーが早いテンポでダウン・ザ・ラインに流す。対するディミトロフがバックハンドでクロスに強打。フェデラーがスライスでテンポを緩めるが、ディミトロフが返球する――見ごたえあるラリーとなったが、要所でキレと安定感を見せたフェデラーが97分間で勝利したが、見る者を魅了した試合だった。これで、フェデラーはグランドスラム50回目(ウィンブルドンは15回目。共にオープン化で最多)の準々決勝進出を決めた。
試合後、「昨年は、ヒザの問題があったが、今年は身体面で不安はない。リラックスして準々決勝に臨める」と語ったフェデラー。次戦の相手となったラオニッチといえば、昨年、準決勝で敗れた相手だ。その際、転倒して左足を痛めたことが、シーズン後半全休の引き金になっている。単なる準々決勝ではない。昨年果たせなかった想いも重なった試合となった。
ラオニッチといえば、武器はサーブ。それを生かし、ストローク戦でも果敢にネット(50回出て27ポイント)に出るなど、積極的に攻めてくる。しかし、フェデラーはさらに上回るプレーを披露した。ファーストサーブでの得点率は90%、ウィナーは46本、アンフォースト・エラーはわずか9。第3セットこそ、タイブレークとなったが、正に"危なげない戦いぶり"でストレート勝ちを果たす。
「今年は、ウィンブルドンに十分な準備ができている。昨年も十分な練習はしていたが、背中やヒザの問題があった。その分、今年は自由にプレーし、集中できる。だから戦術にもこだわることができる」とフェデラー。
準決勝ベルディッチ戦は、タイブレーク2セットと拮抗した展開だったが、ベルディッチを退けると、2年ぶり10度目の決勝へ。待ち受けていたのは、チリッチだった。
決勝、試合開始から攻めたのはチリッチ。フェデラーはギャンブル的なフォアの強打に押され、第4ゲームでブレイクポイントを握られるが、無事にキープ。すると、続く第5ゲームで先にブレイク。第9ゲームでもブレイクして、第1セットを6‐3で奪った。第2セットもフェデラーの勢いは止まらず。逆にチリッチは、簡単なミスが目立つ展開。フェデラーは隙を見せることなく、攻め続けて6‐1で第2セットも奪った。ここでチリッチは、メディカルタイムアウトを取る。実は、左足を痛めていたのだった。
第3セット、治療を受けたチリッチは多少動きが良くなったものの、手負いの状態ではフェデラーにかなうわけもない。ゲームカウント5-4、40-30で迎えたチャンピオンシップポイント。渾身のサーブをセンターに打ち込むと、これがノータッチエースに。その瞬間、フェデラーの8度目の戴冠が決まった。
優勝を決めた瞬間、ファミリーボックスにいるコーチ、家族たちに向けて4度両手を掲げると、チリッチの健闘を称えた。一度、ベンチに座ると、涙があふれ出す。ついに悲願を達成した。 「最高の気分だ! セットを落とさずに勝てるなんて。ウィンブルドンに戻ってきて、再びいいプレーができてうれしい。"できる"と信じて積み重ねてきた結果。もう決勝で戦えると思えない時もあったし、ブランクもあったが、"決勝に行ける"と思って頑張ってきた。信じ続け、夢を見続けた結果。連覇するために、また来年も戻ってきたい」
スピーチでフェデラーは、その想いを語った。実にグランドスラム19冠目、ウィンブルドン8冠目。「GREATEST OF ALL TIME」――ロジャー・フェデラーの物語に、また偉大な歴史が加わった。
シーズン序盤、錦織 圭を悩ませた故障や自らのプレーに対する不安は、2年ぶりのベスト8進出を果たした全仏オープンでいったん終止符が打たれた。しかし、サーフェスはクレーから芝へ。戦う者に容赦なく過酷な環境の変化を強いるのが、プロツアーの世界だ。そんな中、錦織は1回戦でチェッキナートに対して失ゲームわずか2という圧勝。自身にとって四大大会最短の72分という絶好のスタートを切った。
この勝利はまた、錦織にとってウィンブルドンにおける通算12勝目となり、清水善造を抜いて日本男子単独2位に(1位は佐藤次郎の持つ14勝)。
続く2回戦の相手は、芝を得意とするスタコフスキー。しかし、そのサーブに苦しめられながらも、「バーン95CVリバース」を手にした錦織は、3時間を越える戦いの末に勝利を手にした。
迎えた3回戦で対したのは、安定したストローク力を持つバウティスタ・アグ。2回戦とは趣きを変えながら、この試合もまた3時間を越える熱戦となったが、錦織はつかみかけたチャンスを生かしきれず敗れ、今年のウィンブルドンの戦いを終えた。
過去4戦全勝だったバウティスタ・アグに対して「自分から展開していくのが難しかった」と振り返った錦織。その口惜しさを力に変え、間もなく始まるハードコートシーズンでは再び、錦織らしい展開の速いテニス、変幻自在なテニスを見せてくれるに違いない。
1月の全豪オープンでは、妹のセレナに敗れながらもグランドスラムとしては2009年のウィンブルドン以来となる決勝進出を果たし、輝きを取り戻したビーナス・ウイリアムズ。セレナが新しい命を授かり、戦いの場から離れている今、ビーナスはまるで妹の分をも背負うように芝の上の戦いに臨んでいた。2回戦ではランキング上昇中のワンに第1セットを先取されてから逆転勝ちとグランドスラム序盤ならではの怖さも乗り越え、準々決勝では全仏女王のオスタペンコの強打をかわし、記念すべきウィンブルドン100勝目を飾った。 ビーナス特有のポイント間のゆったりとした間合いは、静かなウィンブルドンで彼女の存在感をさらに際立たせ、「ブレードSW104オートグラフCV 」から放たれる重厚なサーブやストロークは、このコートで5度の優勝を誇る女王の威厳に満ち溢れていた。
6月で37歳となったビーナスは9年ぶりの優勝を目指して決勝のコートに立ったが、あと一歩、届かなかった。しかし、敗れたビーナスは新女王となったムグルザのプレーを称え、「ここが私のいたい場所。勝っても負けても学ぶことがある」と振り返った。プレーヤーとして頂点を極めながらさらに高みを目指す。ビーナスにしか見えない世界がそこにはある。
今シーズンは、開幕戦のブリスベン国際で錦織 圭を破って優勝、全豪オープンでベスト4、そして母国ブルガリアで開催のソフィア・オープンでシーズン2勝目と、かつてない好調なスタートを切ったグリゴール・ディミトロフ。しかし、スタートダッシュにあまりに力を注いでしまったのか、その後3月のマイアミ・オープン(ハード)、4月のハッサン2世グランプリ(クレー)、モンテカルロ・オープン(クレー)と、3大会連続で緒戦敗退を喫して勢いを失ってしまった。さらに、その後も出場5大会中、2大会で初戦敗退と、まるでかつての浮き沈みの激しいテニスに逆戻りしてしまったかのようにも見えた。
そんな中、迎えたウィンブルドンでディミトロフは、小柄ながら戦術と機動力に長けたアルゼンチンのシュワルツマン(1回戦)、老獪で魔術師のようなキプロスのバグダティス(2回戦)、オールラウンドでベテランらしいしたたかさを見せるイスラエルのセラ(3回戦)を破り、ベスト16に勝ち進んだ。プロスタッフ97Sを右手に携えたディミトロフのスケールの大きなテニスは、"聖地"で水を得たかのように蘇った。
4回戦で顔を合わせたのは、フェデラー。王者の壁は厚かったが、心と体の奥深くに刻まれたその打球の感触は、シーズン後半に向けて、ディミトロフのテニスに強い影響を与えるに違いない。