優勝争いということになれば、男子の本命はナダルとジョコビッチの両巨頭で間違いないところだろうが、ウイルソン勢がそのカギを握っているとも考えられる。
昨年の準決勝で圧倒的なスピードテニスを仕掛けて、それまで負けなしだったジョコビッチを下したのがフェデラー。
彼は今年も健在で、さらに昨年よりも調子を上げている。前哨戦を絞ってきたのは、ロンドン五輪までを見据えた長丁場に備えてのことだろうが、試合数が少なくても特別不安に感じられないのは、フェデラーの底力の凄まじさゆえだ。
実際、優勝1回、準優勝が4回というフェデラーの実績は、現役では屈指。 もし、ナダルがいなければ、3~4回は優勝を重ねていても不思議ではなかったほどの強さの持ち主でもある。
2005年以降のナダルは、クレーの決勝ではわずかに4度しか負けていないのだが(ATP500バルセロナ終了時)、その内2回がフェデラーによるもので、もう2回が昨年のジョコビッチ。
テニス史上最強のクレーコートプレーヤーとさえ言われ始めているナダルが最も強かった時期にもクレーで土を付け、さらに、手が付けられないほどの快進撃を続けていた昨年のジョコビッチを止めたのもフェデラーだった。
その強さはやはり本物中の本物。やや逆説的だが、今年の大会の行方の鍵を握っているのは、実はフェデラーと言ってもいいだろう。
ATP500バルセロナの大会中に腹筋を傷めてしまった錦織 圭は、その回復次第だが、仮にほぼ万全の状態で出て来られたとすれば、ベスト8が目標になる。今大会は堂々のシード選手としての出場で、自分より上位との対戦は早くても3回戦以降ということも考慮に入れれば、ベスト8は不可能ではなく現実的な目標だ。あのナダルですら「全員が強敵」と話すのがクレーコートの特性なのだ。
なんとか万全の状態で勝ち負けが演じられると考えたい。
今年の錦織はフォア、バックの両サイドからポイントの起点を作り出し、両翼で決められる本格派のストローカーらしいテニスを披露している。サービスでもコースを散しつつ、相手に的を絞らせないことで、ラリーを優位に展開するテニスができている。
そうしたしっかりとしたベースの上に、彼ならではの創造性の高い組み立てがトッピングとして乗る『錦織の形』が完成しつつあり、今のランキングも決して『出来過ぎ』というわけではないレベルのプレーヤーに成長してきている。大会までにどこまで回復できているかが今は問題だが、万全で1回戦を迎えられれば、世界をあっと驚かせるような活躍を期待してもいい。
2011年のUSオープンで初のグランドスラム本戦出場を果たし、今年のオーストラ リアンオープンでは本戦1回戦突破を演じて見せた伊藤竜馬。ラ ンキングも70位まで押し上げ、初の全仏本戦ダイレクトインを実現。
全仏のサーフェスは速く、ボールもスピードの乗るタイプ。
彼の厚い当たりのストロークは、全仏でも十分に威力を発揮できるはずだ。
長くなりやすいラリーの中で、打てるボールとつなぐボールの判断を正確につけ、仕掛けを焦らずじっくりとプレーし切れれば、今の彼ならどんな相手とでもいい勝負が演じられるだろう。
問題は技術や体力よりも、頭脳と慣れのソフト面となる。
クレーのスペシャリストたちを相手に、クレーで戦う経験は今後も必要になるが、5セットマッチの長丁場の中で、自分をアジャストさせていければ、思わぬ番狂わせを期待してもいいだけのポテンシャルは持っている。
女子の場合は、全豪の覇者であり、№1のアザレンカに当然期待がかかるが、今季序盤の快進撃の反動が見え隠れしているのがやや不安材料。
能力的にはもちろん優勝候補なのだが、相手より前に自分との戦いが壁になる状況になっている。
さらに、ここに来てセリーナ・ウイリアムズが調子を上げているのが脅威となっている。
今年のセレナにとって最優先なのはロンドン五輪らしいのだが、五輪に向けて体を絞り込んでいるのがクレーの前哨戦でも生きている。
近年のセレナは明らかにクレーシーズンを軽視していたため、大きく目立つことはなかったが、キム・クリスターズが欠場となり、アザレンカを始めとした上位勢は全仏未勝利の選手が中心となれば当然、セリーナが浮上する。
無理を重ねてまで取りには来ないだろうが、「取れるタイトルならいただく」という雰囲気で来られたほうが逆に脅威となる。セレナと4回戦から準々決勝付近で、最初に当たる上位陣がどんな戦いぶりを見せるかが注目だ。それで大会の行方も占えると言ってもいい。
男子のダークホースにはラオニッチを挙げておきたい。クレーの全仏といえども、サービスが強力なことで不利にはならない。
歴史的に見ても、荒れた大会になった年は、ビッグサーバータイプが波乱の主となっていることが多い。
強烈なサービスに加え、ポイント力の高いフォアを持つラオニッチは、その条件に当てはまる。軽視は禁物だ。
女子はあえてクビトワをダークホースとしたい。ラオニッチと同じく、彼女の武器もサービスとフォア。
クビトワの場合は、チェコ出身の選手らしく、パワーだけでなく、細かな技術も意外に高く、ラリーでの我慢も利く。無事に2週目に勝ち残れていれば、優勝も見えるポジションにいる。
近年の全仏は『波乱の少ない男子』と『毎年のように活躍する選手が変わる女子』という構図になっているが、それは今年も変わらない。
しかし、終わってみれば男女ともに納得の選手が頂点に立っているのも全仏だ。
「もっとも調子がよく、大会を通じていいプレーを見せた選手が勝つ」。
当たり前のことを当たり前にできた選手が強いのが全仏、そしてクレーの戦いだ。今年の大会も、ありとあらゆるテニスの楽しさを存分に見せつけてくれるはずだ。期待しよう。