錦織にとっては、これまでで最高となる第16シードがついた今回の全豪オープン。昨年ベスト8をマークした相性のいい大会であるだけでなく、前哨戦のブリスベン大会ではベスト4に入りいいスタートを切っていただけに(マレーに敗退)、今年も活躍が期待された。さらにドローを見ると、錦織の山に入っているのは第4シードのフェレール。フェレールには、08年USオープンだけでなく昨年のロンドン五輪でも勝利していて、今大会に出場しているトップ4(他には第1シード・ジョコビッチ、第2シード・フェデラー、第3シード・マレー)の中では相性のいい相手のため、グランドスラム初ベスト4というのも現実味があるものだった。
しかし、大会を終えて振り返ってみると、錦織を苦しめたのは全豪オープン特有の暑さでもフェレールでもなく、自身の左ヒザのケガだった。前哨戦のブリスベン準決勝をその左ヒザの痛みのため途中棄権していた錦織は(全豪オープンのため大事をとったもの)、それでも全豪オープン直前のクーヨンでのエキシビションマッチ2試合に出場。「痛みなくプレーできました」とコメントしていたので、それほど心配するものではないと思われた。
そして実際に大会が始まると、錦織は個性のある選手達を次々と下していく。1回戦では198㎝と長身でサーブとネットプレーでどんどんプレッシャーをかけてくるハネスクに第1セットをタイブレークで奪われるも、リターンのタイミングが合ってきた第2セット以降はブレークを重ね3セットを連取し逆転勝ち。そして2回戦では、太い腕から繰り出すパワフルなストロークが武器のベルロックを華麗なカウンターでシャットアウト。続く3回戦では、錦織と同じく軽やかなフットワークとステディなストロークでユーズニーを下して勝ち上がってきたドンスコイに、シードの実力を存分に見せてのストレート勝ち。錦織は「出来は70%ぐらいですが、大事なポイントを押さえることが出来ているのが勝因です」とコメントしていたが、どの試合も錦織の安定感が素晴らしく、安心して見ていられる戦い方だった。
しかし、それは相手と錦織の差があったからこその勝ち方。それだけ錦織に底力がついているということなのだが、やはり70%ではフェレールを倒すのは難しかった。これまでの相手だと8本もラリーが続けば相手がミスしてくれるのだが、フェレールでは10本以上ラリーが続くのがほとんどで、それに耐えられるほど錦織の左ヒザは良い状態ではなかったのだ。2-6、1-6、4-6で負けた後の会見で「ヒザの痛みは、プレーに影響しなかった」と言うものの、その後「ヒザが万全であれば、もっとチャンスをものにして、いい試合になったはず」ともコメントした錦織。自分の中では、やはり「全力で戦いきることができなかった」という悔しさがあるのだろう。
それでも、そうした状態でベスト16に入るところが、錦織のポテンシャルがどんどん高くなっていることを示している。ほとんど下位選手への取りこぼしがなくなってきた現在、勝ち進むごとに体への負担が大きくなりケガの可能性も高くなることを考えると、これからはむやみにツアーを回るのではなく、出場する大会の選別がポイントになってくると思われる。
1回戦で地元オーストラリアのミルマンと対戦したのが、伊藤竜馬。ミルマンとは昨年の慶應チャレンジャー1回戦で対戦しており、その時は伊藤が勝利。しかし、年頭のブリスベン1回戦で対戦した時は、黒星を喫している。ブリスベンはミルマンの出身地でもあったため完全アウェーの状態の中での戦いとなり、その応援に勇気づけられた粘りのストロークを身上とするミルマンを振り切れなかったのが敗因だ。
そして、この全豪オープン。3ヵ月間で3度目の対戦。しかも、ミルマンはブリスベンではマレーから1セットを奪い、シドニーではロブレドを下すなど調子を上げている最中だった。それでも「いくら相手の地元でも、同じ相手に2連敗は出来ない」と意気込む伊藤。第1、第2セットを伊藤が連取し、勝利まであと少しというところまで迫った。が、この第3セット途中で「いつ両足にケイレンがきてもおかしくない状態になってしまった」という伊藤はガクンと運動量が落ち、2セットを連取され勝負は最終セットへ。この最終セットに向け、伊藤はトレーナーからマッサージを受け、塩水などを大量に飲んだことが幸いし、何とか動けるまでにフットワークが回復。しかし、今度は「腕がつりそうになっていました」というものの、何とか7-5で最終セットを奪い、昨年に続く全豪オープン2回戦進出を決めた。
その2回戦、相手は第28シードで06年全豪オープンの準優勝者バグダティス。伊藤の爆発力あるサーブとストロークが、どれだけ通用するのか試すのにはうってつけの相手だったが、第1セットは高い打点から積極的にダウン・ザ・ラインに打ち込んでいった伊藤のストロークが小気味よいほど決まり、6-3で伊藤が先取。しかし、さすがバグダティス、第2セット中盤から伊藤のエース級のボールのコースを読み、それを深く返球することで伊藤の焦りとミスを誘い、最後は完全に振り切る形で6-3、6-2、6-2と3セットを連取し伊藤を突き放した。
まだまだ、試合の展開力で上位選手とは差があることを見せつけられたかたちだが、伊藤の爆発力は、そうした上位選手からでもセットが取れることを証明した試合でもあった。伊藤は、今年、これまでニエミネンのコーチであったヤン氏をコーチに迎えるのだが、フットワークに定評があるニエミネンのコーチから学ぶことは多いだろう。昨年マークした最高ランキングは60位だが「今年は、まず50位を切りたい。そしてトップ30も狙っていきたい」と高い目標を定めている伊藤。そのために伸ばすべきところ、課題として取り組むべきところが明確になった試合となったはずだ。
昨年、全豪オープンを制してグランドスラム初優勝を飾ったアザレンカ。しかもその全豪オープンを含め、年頭から26連勝を記録し、「他のグランドスラムも全部取ってしまうのでは」という勢いだったが、全仏オープン4回戦、ウィンブルドン・ベスト4、USオープン準優勝と、あと一歩タイトルに手が届かなかった。そのためか、この全豪オープンも第1シードだったものの、大会序盤はシャラポワやセリーナ・ウイリアムズのほうに注目が集まっていた。
そんな中でも、「私は一戦一戦に集中して勝ち上がることだけ考えている」というアザレンカは、ウォズニアッキを下しかつての強さを取り戻してきたクズネツォワを準々決勝で下し、さらに準決勝では、セリーナを破ってきたアメリカの新鋭スティーブンスを6-1、6-4とシャットアウト。スティーブンス戦では「背中がどんどん痛くなり息苦しくなったから、自分でも少しパニックになってしまった。肋骨が横隔膜を圧迫して息ができなくなっていたみたい」とハプニングがあり約10分間のメディカルタイムアウトを取る一幕もあったが、基本的にはアザレンカが打つボールのスピードが速いうえに展開も早く鋭いため、調子がいいクズネツォワやスティーブンスといえども、そのタイミングについていけないという、力の差を見せつけての勝利だった。
そして決勝では、同じようにフットワークが良く重いボールを打ち込むタイプの李 娜に第1セットを先取されるも、李の2度のアクシデント(左足首ねんざ&転倒しての頭打ち)にも助けられ、逆転勝ちで優勝。「大一番の試合に臨むにあたって緊張しない人なんていないわ。誰にでも感情があり、コートに入る前やコート上でどのように感情をコントロールするかは、その人次第。精神的、肉体的にいい状態で試合に臨める人が強いのよ」と言うアザレンカ。テニスの力だけでなく、メンタル面でも成長したからこその栄冠獲得ということが伺えるコメントであり、今年こそ、残るグランドスラムのいくつかも獲ってしまう可能性は大きい。
3回戦で第11シード・バルトリ、4回戦で第5シード・ケルバーとクセと実力のある両者を連破してベスト8に入ったのが第19シードのマカロワ。サウスポーから繰り出すキレとパンチ力のあるストロークは、苦しい状況からでも一発エースを狙えるほどの威力で、また身長180cmを生かした高い打点からのサーブにはパワーとスピードがあり、それがサービスキープを容易にする要因となっている。遠目で見ると、クビトワと勘違いするほどダイナミックなテニスをするのだ。昨年の全豪オープンでも4回戦でセリーナ・ウイリアムズを下すなど、元々大物食いをするポテンシャルを持っていたのだが、今年はラケットをよりスピンのかかりやすいSTeam96にしたことで、これまでのパワーとキレに安定感が出てきた印象。ラケットの性能をフルに生かして、自分の個性をさらに強化したからこそ、上位シード選手2人に続けて勝利することが出来たと思われる。
しかし準決勝では、マカロワ同様、今大会好調のシャラポワと当たり敗退。昨年の全豪オープンでも負けているのだが、試合前は「私もいろいろと経験を積んできたから、チャンスはあると思う」と自信をのぞかせていた。そして実際の試合でもストローク戦になるとシャラポワにもまったくひけをとらず、ネットの上をボールがビュンビュン行き来する展開の早いラリーとなったが、2人の決定的な差は守備力。シャラポワは攻められても何とか深いボールを返してマカロワの連続攻撃を封じるのだが、マカロワは同じように攻められると相手コートに返すのが精いっぱいでシャラポワにとどめを刺されてしまう。しかし、こうした高いレベルでの戦いをさらに経験していけば、フットワークもいいだけに対応していくポテンシャルは十分に持っているのがマカロワ。全豪オープン終了後の2月4日告げランキングは20位だが、今シーズン、トップ10に入って来る可能性は十分にある。