近年の全仏オープンほど、その時点での選手たちの底力を明確に描き出す舞台もない。特に男子の場合はクレーの5セットマッチ。パワーや勢いだけではごまかすことができず、相手を押し込む絶対的な球威と次の手を打てる技術、どんなに追いつめられても突破口を探し出すための忍耐力と勝利への執念が必要だ。
そうした総合力で優勝を勝ち取ったナダルと4回戦で対戦したのが、錦織 圭。4-6、1-6、3-6、2時間2分で敗れたが、この戦いを錦織は「気持ち的には粉砕された」という言葉で振り返った。序盤、錦織は自分のバックとナダルのフォアのマッチアップを仕掛け有利に展開する時間帯も作った。クレーでのテニスは、相手を前後左右に振ってオープンスペースをこじ開け、そこにタイミングを早めた一撃を叩き込む展開を作れるかどうかが軸となる。相手の逆を突いたり狭い所を抜くというのは、その上でのバラエティだ。ナダルがフォアで打ちたがるクセを逆に利用して、フォアサイドに厳しいボールを供給してあえてフォアで打たせ、空いたスペースと時間を利用してポイントを積み重ねるという錦織の意図は、ナダルと戦う相手にとっては今や正攻法となりつつ、錦織もある程度は成功させていた。だが、ナダルは後に「錦織との試合で完全に気づいた」と話すことになるのだが、ここまでの3試合では当たりが悪かったフォアの調子をこの試合で完全に取り戻してしまった。錦織のスピードに対応するためにより鋭く足を動かし、きちんとポジションに入って打つテニスをナダルに取り戻させてしまったのだ。
ナダルは強敵と当たった時に自動的に自分のレベルを上げて乗り切り、ローランギャロスでの栄光を築いて来た選手。錦織はナダルが目を覚まさなければ勝てないレベルのテニスを仕掛けたという意味で、表層部分には見えにくかったが、また新たなステージに入ったと見なしてもいいだろう。「錦織はすでに全部を持っている。彼はボールを早いタイミングで捕らえ、コートの中に入って打つテニスをとても簡単にやって見せているけど、実はテニスでは最も難しい技術。このままでもいずれいい結果を出すだろうと思う」と試合後のナダルが話していたのは、恐らく自分が今最も欲しがっている部分を錦織がすでに持っているという意味もあったのだろう。錦織はナダルのことを「僕が現役でいる間はずっといる選手」と話しているが、「何とか突破口を見つけて勝ちたい」とも言う。錦織ならいずれそれを見つけ出す日も来るだろう。
この錦織より2歳年下のディミトロフは、3回戦でジョコビッチに敗れた。前哨戦のマドリードではディミトロフが勝っていたこともあり自信を持っての対戦だったようだが、結果は2-6、2-6、3-6のストレートで敗れ、ジョコビッチのテニスの懐の深さを見せつけられてしまった。試合後に「初めてのセンターコートでリズムを見つけられなかった」コメントしたが、彼自身それを「言い訳にはならない」と話してもいた。
ディミトロフの良さは、鋭いボールを何気ない動作で作り出す独特の感覚。それが「フェデラーの再来」と言われる理由でもあるのだが、ジョコビッチにはその「フェデラー」的な要素を逆手に取られ封じ込まれてしまった。フェデラーやナダルに勝つために磨き上げられて来たのがジョコビッチのテニス。彼を打ち破るにはフェデラー以上の何かが必要だということだったのだろう。ジョコビッチは「彼にはまだまだ経験が必要だ」とディミトロフについて言葉にしている。錦織と同じく、トップクラスで戦うためのベースはすでに持っている。あとはそれをどう出し入れするかの段階に来ているのがディミトロフなのだろう。
そして、全仏の前哨戦ローマで準優勝するなど調子が悪いわけではなかったフェデラーは4回戦でシモンにフルセットの消耗戦を仕掛けられ、準々決勝でツォンガにストレートで敗れた。フランス包囲網を突破できなかったという形だ。ツォンガ戦の後、「全ての面で苦戦した」と話したフェデラー。この日記録したサービスエースはなんとゼロ。グランドスラム36大会連続でベスト8という前人未到の記録の継続には成功したものの、今季はまだ優勝ゼロ。持病となりつつある背中の痛みは引きずっているようで、苦しいシーズンが続いている。これから始まる芝のシーズンが彼にとって正念場となるだろう。
一方、女子では31歳にして第2の全盛期を現出しているのがセリーナ・ウイリアムズで、誰にでもある伸び悩みの兆候が見えるのがアザレンカだった。昨年の全仏では、自身初のグランドスラム1回戦負けを喫したセリーナ。その直後からパトリック・ムラトグル氏のアカデミーを拠点の一つとして活動しテニスへの情熱を取り戻した彼女は、昨年準優勝のエラーニ、優勝のシャラポワを連破して完璧な形での雪辱を果たし、優勝スピーチではフランス語を披露しパリの観客も味方につけた。「チャンピオンというのは、どうやって勝つかではなく、ケガをした時や負けた時にどうやってどん底から立ち戻るかが大事なのよ」と完全に自信を取り戻し自身最長の連勝記録を続ける彼女には、全く隙らしい隙がなくなりつつある。16度目のグランドスラムタイトルも彼女にとってはただの通過点。「私のピークはまだこれから」とも話した彼女がどこまで記録を伸ばすのかというところに興味の中心は移りつつある。
このセリーナに対し、誰でもハマる落とし穴にハマっているという印象が強くなったのがアザレンカ。彼のコーチによれば「体脂肪率は変わっていない」というのだが、それが仮に本当だったとして、意図的に大きくした身体を今の彼女は生かせておらず、少なくともクレーの上では武器にはできていなかった。
世界1位そしてグランドスラムタイトルの獲得と頂点を極めた選手が、さらに上を目指そうとした時に試行錯誤した結果が裏目に出たり、精神面での達成感などから踊り場の状態を経験するのは珍しいことではない。ベスト4という結果は普通であれば上出来以上だが、彼女の持つ能力からすれば女王として君臨し続けても不思議ではない。セリーナの独走を止められる数少ない存在がアザレンカで、向こう5年の女子を牽引しなければならない存在でもある。芝、そしてハードコートシーズンに向けてどんなテニスをしてくるのか、期待しつつ見守りたい。