過去7度のウィンブルドン制覇。フェデラーが持つこの記録は、大会史上最多タイで(他にピート・サンプラス、ウイリアム・レンショー)、今大会は単独トップに躍り出る絶好のチャンスだった。というのも、決勝までに落としたセットはわずか1つで、サービスゲームを落としたのも1度だけ。4回戦では昨年のUSオープンで敗れたロブレドに借りを返し、準々決勝では全豪オープン優勝者のワウリンカに1セットを与えただけで切り抜け、準決勝ではラオニッチのサービスをほぼ完全に攻略。決勝のジョコビッチ戦に向けても「お互いのプレーはよくわかっている」と話しながら、「僕はとにかく、アグレッシブにプレーしなくちゃいけないだろうね」と前向きだった。
また、フェデラーがもし優勝していれば、史上最多の8勝目となるだけでなく、オープン化以降では最年長のチャンピオンにもなるはずだった。が、決勝でジョコビッチにそれを阻まれた。理由はいくつがあるだろう。グラウンドマンが代替わりした昨年以降、ウィンブルドンの芝は以前よりも早めに調整されており、それが今年のフェデラーにとっては助けとなって序盤戦のクルージングにつながっていた。だが、大会が進むにつれて芝が剥げ、決勝では1週目と様子がまるで違い、遅めのサーフェスに変わっていた。ジョコビッチを相手にした場合、たとえ舞台が芝であろうと、どんな対戦相手よりも1度以上は余計にボールを打たなければポイントが決まらない。これはフェデラーも分かり切っていたことで、だからこそ、序盤はサーブ&ボレー主体で攻撃的な戦いを展開した。しかし終盤は、ジョコビッチにベースラインに釘付けにされる展開が目立ち始める。一発で決められない相手に対するリズムの構築がうまくいかなかったのだ。
この決勝戦後、「先のことはもう、誰にもわからないよ」とコメントしたフェデラーだが、それでも「この2週間の自分のパフォーマンスには、まだまだやれると信じられるキッカケになったし、自分にはまだこの先に素晴らしい未来があるとも感じられた」とも話している。これまで、テニス界のあらゆる記録を塗り替えてきたのがフェデラー。だからこそ、これから何が起こるか分からない。今季の後半戦、特にUSオープンでも目が離せない選手だ。
欧米のメディアでは未だに「Baby Fed」という彼のあだ名を、その紹介の枕詞に使っているが、最近は極端にこれを嫌うようになっているのがディミトロフ。「なんとか2世」の類いの呼ばれ方は、出始めの頃にはその特長を言い表すのには便利で、言われた本人も悪い気はしないものなのだろうが、選手としての自信がつき、実績を積み重ねて来た後は「自分は自分だ」という意識が強くなるもの。今のディミトロフは、フェデラーとはまた違う強さを身につけつつある。
このウィンブルドンで躍進を果たしベスト4という結果を残せたのも、やはりその自信に負うところが大だ。今年のウィンブルドンの速い芝では、相手より先に攻撃できるかどうかが展開を分ける大きなキーになっていた。サービス、リターンといった一球目のショットの質はもちろん、ラリーの中では先に有利なポジションに入り、たとえ無理目の状態からでも深くて強い攻撃的なショットを選択し、コートにねじ込んだほうがポイントを奪うことが多かった。
そうしたプレーを実際のコート上で表現するには、技術や体力だけでなく自信も必要だ。ミスを恐れず、ひたすらに相手にダメージを与える攻撃的な気持ちを持てていたかどうかが問題となる。その点、前年優勝のマレーを準々決勝で沈め、準決勝では後に優勝するジョコビッチを苦しめたディミトロフのパフォーマンスは、スパルタタイプのコーチとして知られるロジャー・ラシードと共に作り上げて来た強いフィジカルと、絶対的な自分のテニスに対する自信が源だった。
しかし、まだまだ荒削りな部分は多い。特にフットワークには大きな改善の余地があり、フォームが大きい分だけスムーズさも足りない(トップに比べると、という高いレベルでだが)。しかし、課題が残る状態で結果を出せるのは、限られたスター選手にだけ見られる特長でもある。ディミトロフの自信にテニスのクオリティが本当の意味で追い付くのも、そう先の話ではなさそうだ。
全仏では下半身に故障を抱え、強行気味の参戦で1回戦敗退となった錦織 圭。だが、約1ヵ月のインターバルが空いたウィンブルドンは、「ほぼ100%」と言い切れる状態で初戦を迎えられていた。
今大会は、第10シードとしての参戦。つまり、シードを守った順当な結果というのは最低でも4回戦で、ベスト8でようやくまずまずということになる。だが、日本人男子でウィンブルドンのベスト8を記録したのは1995年の松岡修造が最後。今の錦織にとってはことさら目標と呼ばねばならないほどのターゲットではないとはいえ、ウィンブルドンではまだ3回戦以上に進んだことがないのもまた事実で、錦織はその3回戦でボレリに大苦戦を強いられた。
ボレリはクレーのイメージが強い選手だが、勝率で言えば実は芝が最も高い曲者タイプ。錦織としてはボレリより先に攻めていきたい試合だったはずだが、第1セットを失ったことで受け身となり、少しずつ目論見がズレていった。それでも結局は、日没順延&ミドルサンデーを挟んで3日がかりになった試合を制してウィンブルドンでは初めて3回戦を突破。だが、2日続きの連戦となった4回戦ではラオニッチのサービスに完全に封じ込められて、錦織の今年のウィンブルドンは終わった。「一番の敗因はリターンゲームで自分がどうにもできなかったこと」とラオニッチ戦後に話した錦織。リターン力ではツアーでも五指に入る強さを持つのが錦織だが、先制攻撃力が問われるのが芝。錦織がきっちりと展開を作っても、ラオニッチの強烈な1本でポイントどころを押さえられてしまった。
しかし、リターンとストローク力でウィンブルドンを制したのは、過去にはアガシやヒューイットの例がある。錦織にとって4回戦は順当と言える結果だが、彼の中では不満も少なくないはずだ。3回戦でボレリに苦戦せず、体力、メンタルともにフレッシュな状態で4回戦を迎えられていればまた違った局面を作れたかもしれない。
グランドスラムの2週目を戦い抜いていくためには、大会を通じた体力面での組み立てもそろそろ必要になってくる。常に優勝争いを演じる真の強豪となるための、一つのステップ。錦織にとっての今年のウィンブルドンはそんな大会になった印象だ。
芝の大会のウィンブルドンの予選は、本戦会場とは別のローハンプトンで開催される。本戦までに芝が傷んでしまわないようにという理由でのことなのだが、一般使用もされているローハンプトンの会場の芝の状態は悪く、初めての経験だとまともにラリーすらできない選手もいるという。ウィンブルドンで予選を突破するのが他の大会よりもずっと難しい、と言われるのはそのためでもある。
だが、だからこそ、ウィンブルドンの予選勝ち上がり選手は1回戦では有利だと言われる。クレーから直接芝に来る本戦出場選手も少なくない中で、タフな条件の試合を3試合勝ち抜いて来ているのが予選勝者。その意味で伊藤の1回戦は、実に興味深い組み合わせだった。対戦相手のボレリが、ラッキールーザーとしての本戦出場だったからだ。彼は後に2回戦でコールシュレイバーを破り、3回戦では錦織と大接戦を演じるのだが、伊藤にとっては相手が予選上がりのボレリではなく、本戦ストレートインのシード選手だったほうがむしろ戦いやすかったかもしれない。元々テクニックが高く、経豊富なベテランのボレリが芝のテニスのチューニングを済ませ、精神面でも負けて元々という心境で挑みかかってくるというのは、なかなかにタフに状況だった。
それでも、接戦となった最初の2セットを7-5、7-6(3)でボレリに奪われ2セットダウンとなったところから、第3セットを6-3で奪い返したことで、技術面でも精神面でも着実に以前より強くなっていることを証明した伊藤。そのまま第4セットを奪う糸口をつかみかけたが、結局タイブレーク7-5と押し切られる形で敗れた。試合後、「もう少しでつかまえられるところだった」と話した伊藤。そして、その「もう少し」をクリアするには、何が足りないのかも今の彼なら明確に理解していることだろう。
ランキング的には苦しい時期が続いていた伊藤だが、テニスのスケールそのものは年々大きく成長を続けている。「自分のプレーに幅ができてきた」という伊藤の逆襲はこれからだ。
2011年にウィンブルドンでグランドスラム初優勝を挙げた時には、ダークホースからの優勝だったクビトワ。優勝直後から取り巻く環境が激変し精神的なスランプに陥っていたこともあったが、今回は優勝候補の一角と見なされている中でのタイトル獲得で、しかも決勝はオープン化以降でも指折りの圧勝劇。『1990年代生まれで唯一のグランドスラム・チャンピオン』は、いまだ彼女の勲章であり続けている。
このクビトワ、3回戦でビーナス・ウイリアムズに苦戦したのを除けば、ややドロー運に恵まれた形での決勝進出ではあったものの、圧倒的な攻撃力を見せたサービスとフォアだけでなく、体をシェイプアップすることで上がったカウンター力も武器として機能していた。特に、決勝を戦ったブシャールが手も足も出なかったのは、ブシャールが武器とする広角のカウンター攻撃を出す前にクビトワに次々とポイントを取られてしまっていたからで、それも恐らくはクビトワのプラン通りの戦い方だったのだろう。試合後、彼女は「自分でもどうやってやったのか思い出せないわ」とごまかしてはいたが、「私の陣営は、私の戦い方をよく知っているのよ」とも話していた。会心の勝利というところだったのだろう。
そのクビトワは、「今もまだアジャストしている最中よ」と、スターになってしまった自分と本来の自分の折り合いの付け方に戸惑っている雰囲気もあるが、一度彼女の形にハマってしまえば、手が付けられない強さはやはり別格。自分の武器を信じてラケットを振り抜いていける強さは、芝で勝つための絶対条件。今後もウィンブルドンの女王として君臨し続けそうな予感を漂わせたのが、今年の彼女の戦いぶりだった。