2013年の錦織圭の可能性 〜トップ10へのシナリオ〜

2013.1 :: 2013年の錦織圭の可能性 〜トップ10へのシナリオ〜

2013年の錦織圭の可能性

錦織 圭 錦織 圭の13年には様々な期待が寄せられている。「具体的な目標」と本人も口にした"トップ10入り"はもちろん、グランドスラムでのベスト4以上、ジョコビッチ、フェデラー、ナダル、マレーの「4強」との対決における勝利、楽天ジャパンオープンに続くツアー優勝、あるいはプレー内容のさらなる充実と進化などなど、寄せられる期待の種類は視点によって様々だが、共通しているのはその質が『世界最高レベル』のものであるということ。これまでの彼の成長スピードを見ていると、さほど難しくはない課題にも感じられてしまう一方で、その壁は恐ろしく高くなってきているのも確か。なにしろ今後の彼が超えなければならない壁は、正真正銘、世界トップの壁なのだ。
錦織の数多い才能の中で、際立っていると感じさせられるものの一つが『全力を出せる』こと。彼は試合の必要な場面で、自分の持っている能力の全てを出せる。スポーツ経験のある人なら誰にでも理解できる話だと思われるが、これは言葉のイメージほど簡単なことではない。試合の緊張感やプレッシャーはもちろん、試合では相手がいて、こちらが嫌がることだけを考えてボールをコントロールしてくる。そんな中で、自分の狙い通りに展開を操りながら全力でボールを打てるというのは、並の実力では成立させられない芸当で、それができるというだけでも錦織の非凡さを語るには十分と言ってもいい。
だが、これは諸刃の剣でもある。自分の能力のリミットまでプッシュできるため、その反動も大きくなり、結果として故障の原因ともなりうる。ナダルのような強靭なフィジカルを持つ選手であっても、全力投球を続ければタダではすまないというのは12年にとうとう破綻してしまった彼の肉体が示した通りだ。
テニスは勝っている限り、連日試合が続く。全力投球の時間帯が長くなれば、その分だけ疲労は大きく蓄積される。かつてのフェデラーはその圧倒的な能力で、全力で戦う時間帯を少なくできていた分だけ、常に余力残しで戦えていたし、大活躍だった11年の終盤に蓄積した疲労で失速したジョコビッチは、12年シーズンではスケジューリングに余裕を持たせることで1年を乗り切った。試合でのペース配分、あるいは年間を通じたスケジュールのマネージメントは、数多くの試合を戦うことになるトップ選手には必須の能力。試合の要所のみ全力でポイントを取り、あとは流しながらでもイーブンの状況を常に作れるかどうかが差となって現れる。

錦織 圭例えば、90年代の最強選手だったピート・サンプラスは、ほとんど絶対的と言えたサービスキープ力を背景に、1セットで1ゲームだけ相手のサービスゲームをブレークすればいいという勝利の方程式を確立させて戦い、勝ち星を重ねた。テニスファンの間で賛否はあったが、体質的にスタミナのなかった彼の戦い方としては、ある意味で理想的だった。現在は、ジョコビッチやフェデラーでさえ全力で戦わなければ勝てない試合が増えている状況だとはいえ、理想的には80%で相手との関係をイーブンに保ち、100%を出し入れしながら勝利をマネージメントする力が必要になる。錦織がもし、「4強」に匹敵するような戦績を、年間を通じて挙げたいと願うのであれば、一日も早くこのレベルまで自分を高める必要がある。
そのためには、年間の中で必要な時期にインターバルを取り、フィジカルをビルドアップする期間を作る必要もあるだろう。錦織も既にかなりの状態まで来ているとはいえ、まだ伸びしろは残されているように見える。本当に強い選手は、シーズン中にもどんどん身体が大きくなり、テニスのスケールも大きくなっていく時期があるものだが、錦織にもそういう迫力ある成長が欲しい。彼ならきっとできるはずだ。

クレーと芝をいかに乗り切るかが課題 さて、以上を前提に置いた上で13年の錦織の可能性について考えてみたい。昨年の楽天ジャパンオープンの時にトマーシュ・ベルディチは「錦織は今の時代におけるアガシやダビデンコのような選手。スピードでダメージを与えてくる」という言い方で、錦織のプレーを評した。これを言い換えると、錦織を正面から打ち破るには、錦織の手に負えないほどのスピードで勝負を仕掛けなければならないという意味になる。そして、少なくとも楽天のベルディチにはそれができなかった。

錦織 圭ツアー屈指の攻撃力を誇るベルディチが白旗を掲げたのが錦織の対応力とスピード。これが最も生きるのはやはりハードコートということになる。トップ10入りという命題に関しては、全豪オープンとUSオープン、そしてその前後のハードコートで少しでも多く勝ち星を積み重ねることが必要になるのは間違いない。まずはハードコートの戦績で上位10位以内に入ることが、トップ10への必要条件となるだろう。
問題はクレーと芝だ。クレーではスピード勝負がしにくい。相手の守備範囲、反撃可能範囲は広くなり、ハードコートであれば崩せるボールや展開でも、イーブンに戻されるケースが多くなり、エース級のボールを連打し続けなければ、そう簡単にポイントさせてもらえない。錦織がクレーで結果を出すためには、持ち前の展開力を生かして相手を防戦一方に追い込み、そのまま蹂躙してしまうフェデラーのような戦い方が必要になる。錦織のストローク力なら技術的には可能だろうが、最初から最後まで集中力を持続し、自分のミスを最小限に留め、相手にミスを強いる形を作りたい。その形が作れれば、強敵相手にでもある程度以上は勝ち星を計算できるようになるし、年間を通じて考えた時に最も怖い体力の消耗と、それを原因とする故障発生の可能性を減らせるはずだ。

錦織 圭また、芝では先制攻撃力が問われる。多くのトップ選手たちと比べれば、ひいき目に見積もっても並の攻撃力の錦織のサービスで優位に立てないのは仕方ない。だが、戦い方はいくらでもある。サービスはラリーの起点と割り切り、自分のシナリオでポイントを押し切ってしまうこと。また、リターンゲームでも先に打てる機会を逃さず、躊躇せずに攻め切れれば、勝機はある。さらにクレーシーズンでの消耗を抑え、フレッシュな状態を維持したままで芝に入れれば、ライバルの数が減るのが芝。別格と言える「4強」の下にいるフェレールやデルポトロ、ベルディチなどは、芝がベストのサーフェスとは言いがたいだけに、付け入る隙も大きくなる。あとは錦織がその状態をチャンスと思えるかどうかだ。 そうしてクレーと芝での戦績をトップ15以内で乗り切れれば、USオープン前から始まるハードコートシーズンは彼の季節。トップ10という目標までの視界もクリアになっているのではなかろうか。問題はこの間に戦線離脱が必要なレベルでの故障を起こさないことに尽きる。前述した通り、合間のインターバルを最大限に活用し、強くすべきところは強化し、休ませなければならない時は思い切って休むなどのメリハリも必要になってくるだろう。
現時点で15~19位前後の錦織は、グランドスラムでは3~4回戦で強豪と当たることになるが、これはすでに12年に経験済み。13年は彼もそれに対する解答を用意して臨むだろう。ポスト「4強」時代を占う意味でも、今年の錦織は世界的に注目の存在になりつつある。大きな結果をファンの前で披露してくれるかもしれないし、昨年までとそう大きくは変わらないシーズンになるかもしれない。だが、仮に昨年と同程度だったとしても、それを停滞とは言えまい。今や錦織の成功や躍進は、そのまま世界の頂点という意味になる。導火線にすでに火はついている。あとはいつ爆発するか。その時を楽しみに見守ろうではないか。

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